2012年12月31日月曜日

セミとカエル (2007/08/10)

豊能の家に越してきて以来、毎年盆前に、マルガサリのまっちゃんと大家さんの庭の植木剪定をしている。築100年をこえる立派な日本建築と庭園である。そこに80歳をこえるおじいさんとおばあさんが住んでいる。 

家にはアルミサッシもなく、風呂は薪である。薪で残った炭は煮炊きの一部に使っている。ものすごくお金持ちなはずなのに、とても質素な暮らしをしている。 

庭には、樫、樅、松、梅、槇、ツツジ、ハゼ、椿、モミジ、アゼビ・・・まだまだたくさんの木々が植わっている。ツツジの下では、山椒がいい匂いを放ち、松のてっぺんでは、青い松ぼっくりがぬるっと光っている。 

今日は快晴の下で、7日間かかった剪定がやっと終わって、植木の残の掃除をした。飲んでも飲んでも麦茶が汗に変わっていく。脳みそがフツフツと泡立つようだった。クマゼミの鳴き声を聞き、手を動かしながら思考の散歩をする。蝉の声が聞こえなくなっていく。一瞬、思考が停止すると、巨大な庭石が鳴きはじめたように聞こえた。 

母屋の裏手に回るとモミジがあり、その葉っぱを集めていると、不意にカエルが池に飛び込んだ。 

ちゃぷーん。立派なトノサマガエルだ。 
薄暗い静かな池に一音。後は、音もなくスイ〜とカエル泳ぎ。 

永遠に続くようなゼミの音はいつしか無音になり、一瞬に消え去るカエルの水音は永遠に続く静寂を打ち破る。 

あ〜、俳句の世界だ。しみじみと感じました。 

掃除は無事終わりました。しかし、屋敷の外には、まだ庭が広がり、そちらの木々の手入れが残っています。こちらは、涼しくなってから取りかかる予定です。 

セミとカエルは、マルガサリの「桃太郎」の中にも出てきます。まもなく公演が迫っています。

スカートをはいて (2007/08/17)

新世界でスカートをはいて踊った。 

不思議でキッチュなフェスティバルゲートが7月いっぱいで閉鎖になる。ビルの中を走り回るジェットコースターや大阪プロレスで有名だが、いくつかの重要なアート関係NPOも活動している。ダンスボックスやココルームもここにあり、僕も踊ったことがある。 

7月28日土曜日にあったココルームのファイナル・イベントに、マルガサリが参加した。夕方はジェットコースターのレールの真下でコンサートを行った。僕が踊る曲は、マルガサリの西田さんが作曲した「常磐台商店街ワルツ」。少し前に、豊能町にある商店街のイベントに出演した時に作った曲だ。哀愁漂うワルツだ。 

どうしようかな?と悩んでいたのだけど、前日にひらめきスカートで踊ることにした。イウィンさんが持っている真っ赤と黒のノースリーブのロングスカートを借りることにした。さすがに少しきつかったが、ウエストを少し緩めると見事に入った。我ながら似合う? 

軽くおしろいをはたき、口紅を差して、ひらりひらり、と踊った。 

僕自身は、ジャワ舞踊でも、女性舞踊を踊るし、教室でも教えているので、それほどの違和感はない。スカートだって、カインを巻いているのとそんなに変わらない。 

それでも、この日、スカートをはいて踊った時、どこか遠くへ自分を運んでくれるような、軽いめまいを覚えた。 

夜の部では、上田カナヨさん(仮の難しい字?)が「吾輩は猫である」を朗読し、マルガサリがガムランを叩いた。僕は、どこで踊れるかなぁ・・・と、客席に潜んでいた。 

続きはまた書きます。 

岡部さんとデート (2007/07/07)

木曜日は、「たんぽぽの家」の岡部太郎さんとデートをした。秋に、岡部さんが「人・アート・街」というイベントを京都で企画しており、その中で「たんぽぽの家」の伊藤愛子さんと作品作りを行うことになった。それで、その打ち合わせをかねて、というか、まぁ、それにかこつけたデートをした。 

15時、京都の三条神宮道にある「はねうさぎ」というギャラリーで待ち合わせ、森口ゆたかさんの展覧会を見る。手が主題になっている。手は、本当に表情豊かな身体の器官である。老若男女の手だけが壁に映っている。金魚のように宙を漂う手は、それぞれ個性を持っているが、持ち主から切り離された手は軽やかに舞い、それだけでもダンスのようだった。 

麩屋町通り丸太町下がるのバティック・ギャラリーショップ「イシス」にて、目の保養。チレボンのバティック職人と協働して、すばらしいバティックを制作している。北海岸のバティックは、ジャワのバティックより軽やかで、涼しげであった。 

京都文化博物館近くの堺町画廊へ。京都の障害者通所施設の人たちが作った工芸品の展覧会。藤崎さんの色鉛筆で描いた絵が素晴らしかった。中庭には、金魚とメダカが気持ちよさそうに泳いでいた。店番をしていたおばちゃんに、この前日に僕が亀岡から京都へ向かっている時に、巨大な虹をふたつも見て、その下を潜ってきたと言うと。おばちゃんは、その頃、わたしは京都で自転車を漕いでいて、ザーと降りしきる雨にサーと光が差して、生まれて初めての光景を見た、と話してくれた。 

河原町三条近くのART ZONEへ、かなもりゆうこさんの展覧会を見に行く。去年、偶然、CAP HOUSEで作品を見かけた時に、思わず引き込まれて見ていると、かなもりさんが声を掛けてくれた。かなもりさんは美術家だが、ひとりの少女と共に長期に渡って身体表現をテーマにした作品を作っている。また、ダンサー納谷衣美さんも作品作りに参加している。ギャラリーでは、公開制作を行っていた。ちょうど、天井からぶら下がってグルグル回る紐の作品を取り付けていたが、頭に紐が絡まって、面白い姿になっていた。日曜日に、パフォーマンスがある。僕は、残念ながら予定があり、見に行けないが、是非皆さんどうぞ! 

今回、岡部さんをデートに誘ったのは、愛ちゃんとの作品作りのヒントを探すためだった。ART ZONEを出て、横にあるMEDIA SHOPに入った。大学の時以来、17,8年ぶりだ。コンテンポラリーや実験的な作品のCDやDVDばかりを置く店である。野村誠さんのCDやDVDも平積みになっている。マルガサリが演奏した「せみ」のCDもあった。店内のモニターで、西洋人の男女が踊っていた。思わず釘付けになる。 

踊る時の身体の重心の感じ方、重力や遠心力の感じ方、床を滑っていくような浮遊感、ペアの女性との魚や鳥のような戯れ方。共通する感覚を感じた。店員に聞くと「ROSAS」というグループだという。DVDを2枚買った。 

京都から奈良へ向かい、夜は「たんぽぽの家」で、ガムランと身体表現のワークショップを行った。鯉のダンスの続きと、あらたに昆布のダンスを試みた。 

雨音の中、公演終了! (2007/06/27)

土、日と京都黒谷の永運院で、アジアダンススクエアの公演を行いました。おかげさまで、こぢんまりした本堂にぴったりのお客さんに来て頂き、盛況の内に終えることが出来ました。土曜日は、快晴でゆっくりと夕暮れが訪れる中、日曜日は、一日中雨が降る中での公演でした。庭のあじさいがライトと雨に浮かんできれいなのを踊りながら眺めていました。お客さんによると、僕が登場するたびに雨足が強くなったそうです。 

公演のタイトルは「共振」でしたが、隠しテーマは「水」でした。そんな意味でも、雨がぴったりでした。来て下さった皆さんは大変でしたが・・・感謝です。一日目は、録音した水の音を流していたTAKE-BOWさんでしたが、二日目は馬鹿らしくなって、自然の雨音に任せた、とのことでした。 

音楽は、TAKE-BOWさんと共に、バンスリーのHIROSさんに共演をお願いしました。公演の最初の方で、僕とHIROSさんの笛が共演する場面があるのですが、この部分は基本的に、即興で行いました。HIROSさんの表情豊かな音色の音で踊るのは、本当に幸せでした。2回目の公演で、HIROSさんは雰囲気に合わせて、1回目よりシンプルでじっくりとした落ち着いた笛を吹き始めました。一瞬、気づいたのですが、そのゆったり感をやや追い抜いてしまいました。老練なHIROSさんにやられた!という感じでした。3回目の公演では、やや修正することが出来ました。 

TAKE-BOWさんは、途中から腕に鈴を巻き付けて演奏します。ギターもそのまま弾きます。この鈴の音がとても良かったです。腕ではなく、鈴が鳴っていました。鈴を鳴らすためなら、腕なんかどうなったっていいという狂気が潜んでいました。鈴の音を背景に、大西さんと野中さんがクルリクルリと舞うシーンは、今回の公演の中でも特に美しいシーンでした。 

明日は、野中さん、大西さんと共に京都芸術センターで、ワークショップを行います。芸術センターは、公演のための練習場所として、審査を通った団体に無料で解放されています。公演を行うことと市民向けのワークショップを行うことが条件になっています。いい制度だと思います。明日は、以下のようなワークショップを行います。 

「腕の使い方」とアジアのダンスにおける「上半身」の使い方。昨年の「歩き」のワークショップで取り上げた、しっかりと力を入れて安定させる「下半身」に対して、リラックスさせて漂う「上半身」。背骨と肩胛骨、そしてそれに連なる肩、肘、手首を意識して、風にそよぐ木々のように「上半身」をゆったりと動かすことを探ります。 

八木ビルの鯉 (2007/06/18)

アジアダンススクエアの公演が迫っています。 
公演の中には、ソロやデュオ、トリオなど、いろいろな場面があります。今日は、その中でなかなか決まらなかった佐久間+大西のシーンの練習をしました。昼から大阪本町の船場アートカフェに集まって、夜までゆっくりと練習をしました。 

詳しくは本番のお楽しみですが、前の日記でも書いたことのある鯉の動きがヒントになったダンスの場面を作りました。今日、練習場に向かいながら、どういう風に大西さんに説明しようかな、と考えていました。 

すると、船場カフェに行く道すがらに、大きな鯉がたくさん泳いでいました。堺筋に面した八木ビルの北側です。堺筋を挟んだ向かいには、バンコック銀行の立派な彫刻が見えています。

池では、見事な鯉が元気に泳ぎ回っています。管理が行き届いているのか、まるまる太った鯉が気持ちよさそうに動いています。気に入ったのを見ていると、いくつか泳ぎ方があります。

クイッ クイッ  

と曲がっていきます。目の後ろ辺りを起点として、小気味よくターンしていきます。この動きには、ほとんど事前の動きがありません。いきなり動きます。そのいきなりにからだの残りのパーツが脱力して着いていきます 

オラヨッ オラヨッ 

と曲がるものもいます。これはもう少し下の頭付け根から胸の辺りを起点にしています。 

この動きには、わずかに事前の動きがあります。大げさな鯉は、左へ曲がるのに、すこし右へのあおりを入れます。 

ブルルン 
スイ〜 

と直線で泳ぎます。 
尾びれをしならせて、振るってから、ゆっくり前進していきます。流線型の体を通り抜けていく水の感触を楽しむように、惰性で進みます。 

といったことを説明して、練習を始めました。大西さんもうまく動きをのみ見込んでくれました。しばらくやって、休憩時間に、大西さんと八木ビルの前に実際に鯉を見に行きました。しばらくすると、大西さんが池の前でクイッ、クイッと体を動かしています。感じを掴んでいるようです。 

鯉の動きはこれ以外にもいっぱいあって、本当に飽きません。ダンスの中に、どれだけ鯉の動きを取り入れられるでしょうか。ジャワ舞踊やバリ舞踊の中には、自然をヒントにした動きがたくさん隠されています。鯉のダンスをしながら、ジャワ舞踊やバリ舞踊の動きにも迫っていきたいと思っています。 

星のために (2007/06/09)

日曜日は、大阪の本町にあるインドネシア・レストランチタチタでインドネシア語のレッスンをしている。昼からの中級クラスでは、「ジョコ・タルブ」というジャワの昔話を読んでいるが、インドネシア語とチャンプールで雑談もよくする。このクラスが始まった4年前から来てくれているNさんが眼鏡を拭きながら、聞いている。 

この前の週に、マンディサマサマで来日していたインドネシア人3人と中之島の大阪市立科学館へ行ったのだ。ものすごく久しぶりにプラネタリウムを見た、と僕が話した。すると、僕の大好きなトミーズの健にそっくりのNさん(すみませんNさん!とても男前ってことですよ・・・)が眼鏡をかけ直して話し始めた。 

僕は子供の頃から、星が大好きだった。でも、育った尼崎は工場や車の排気ガスで覆われ、よく光化学スモッグが発生した。科学館へは、夏休みは毎日のように通い、プラネタリウムの間違いも発見した。星の観測で有名な山へも、電車やバスに乗って出かけて登った。そして、だから、僕は今でも自動車に乗らないんだ、とポツリと言った。 

星が好きで、だから車に乗らない。 

僕も子供の頃、星が好きだった。黄色い大きな星座の絵本がお気に入りだった。星空がグルグル回る天体観測の本も持っていた。 
でも、今は車に乗っている。交通の不便な田舎に住んでいるので、今すぐに車を手放すことは出来ない。でも、余りにもムダに乗っているかも知れない。少し考え直そう。なかなか難しいが・・・明日からは、なるべくブナを保育園へ自転車で送って行こう。 

桑の実 (2007/06/09)

火曜日、阪急石橋でのジャワ舞踊のレッスンの時、イチョウの木の話しをした。すると、京都にある中国茶を飲ませる岩茶房に勤めているUさんが、店のすぐ前に桑の木があり、今実がたくさん成っていて、すごくおいしいと教えてくれた。 

水曜日は午後から、京都芸術センターで6月のコンサートのために、インド舞踊の野中ミキさんとバリ舞踊の大西由希子さんと練習をし、そこから歩いて河原町御池にあるJEUGIAカルチャーセンターへ向かう。ちょうど蛸薬師・東洞院にある岩茶房の前を通るのだ。 

今週はブナの調子が悪く、芸センでの練習には行けなかったが、桑の実を食べるために、通りかかった。 

珍しく大きく育った桑の木にたくさんの実がなっている。小さな粒が集まった真っ赤な実だ。熟れすぎたのは茶褐色になっている。ちょうどいい頃合のをいくつか食べてみた。ほとんど渋みもなく、おいしい。わずかに雑味があって、自然が感じられる。 

この桑の木は、ウィングス京都の南側にある公園に生えている。ここに地下駐車場が出来るという。この大きな桑の木も伐採される予定であるという。

鯉のダンス (2007/05/17)

水曜日は、京都の河原町御池にあるJEUGIAでジャワ舞踊教室をしている。18時、賀茂川に程近いビルの前に着くと、6階建てのビルの上で、強風を楽しむようにトンビが舞っている。8羽が思い思いに羽を広げている。羽を羽ばたかせずに、尾翼だけを小刻みに動かしている。 

少し戻って先週、スペース天で行われている井戸工事を見に行った。10メートルほどまで掘り進んでいる。山の下に流れているであろう地下の水脈を想像するために、裏山に上った。小川を辿っていくと小さな治水ダムがある。そこまでは何度も行ったことがある。今日は、まっちゃんと二人でさらに奥へと入っていった。少し歩くともうひとつ治水ダムがあった。ダムによじ登り、溜まって池になっているところを覗いた。 

鯉が泳いでいる。6,7匹泳いでいる。しばらく見ていると、1匹だけ動きが全く違っているのに気づいた。60センチほどの魚体は、堂々としている。体をわずかにしならせると、 

スイ〜 

と、体を一直線にして、水の抵抗を少なくして、進んでいく。そして、だいぶと行くと、体をあおって、オラヨッ、って感じで 

クイッ 

と曲がっていく。オラヨッ、 クイッ、 オラヨッ、 クイッ、 
と曲がっていく。 

その時の動きには、最低限の力で合理的に曲がっていくのではなく、ちょっと遊びが入っている。自分の力を誇示するような、すこしオーバーなあおりが入っている。そして、曲がると、体を一直線にして、 

スイ〜 

そのリズムを楽しんでいる。 


去年の3月、大阪のOBPでたんぽぽの家が主催する「ケアする人のケア」セミナーでワークショップを行った。僕は、身体をいろいろ動かしてみるワークショップを行った。その中で、ombak banyu(水の波)というジャワ舞踊の動きをみんなで試してみた。まっすぐ立って、左右に振り子のように振れるだけのダンス。 

窓の外には、春の日差しを受けた大阪城がドーンと大きく見えている。少し高い視線からみる景色がとてもきれいで、気分良く、音楽に合わせて、 

ぶら〜 ぶら〜 

と左右に揺れた。しばらくやった後に、参加者のおばあさんが口を開いた。広島の田舎に住んでいて、100歳近いお母さんを介護している、そうだ。老人が老人を介護する時代。僕の祖母も98歳で曾祖母が亡くなるまで6年ほど介護をした。で、そのおばあさんが、 

とても気持ちが良かった。鷹になったみたいな、空をとんどるような気がした。 

と、感想を聞かせて下さった。想像力のダンスだ。 

たんぽぽの岡部さーん! 
今度6月に京都の黒谷でするチラシのデザインを頼んでいます。デザインのヒントになりますか? 

寝返りのダンス (2007/05/17)


去年の6月から、「たんぽぽの家」にガムランと舞踊のワークショップへ出かけている。「たんぽぽの家」は、障害のある人たちのアート活動を支援している通所授産施設で、エイブルアート・プロジェクトの「さあトーマス」以来のつきあいになる。「さあトーマス」では、障害ある人たちとのコラボが中心だったのだが、スタッフの人たちもガムランや舞踊をやりたいということで、この夜のワークショップが始まった。

このワークショップで、僕はジャワ舞踊だけではなく、僕がジャワ舞踊から得たいろんな身体表現を掘り起こして、みんなでチャレンジしてみることを目指している。スタッフの人たちはダンサーではないけれど、障害者アートに関わっているので、みな高感度の人たちだ。障害者のアートに携わるということは、アンテナを張り巡らせて、障害者のみんなが作り出すカオスの中に、例えばだが、思いっきりのいい線、繊細な色、不思議な形、生き生きとした動きなどを拾い上げることが必要になる。僕が発見する身体表現の動きも、日常の些細な動きの中に潜んでいるので、観察力や耳を澄ますこと、目を凝らすことが必要となる。

この1年間で、いろいろな動きにチャレンジした。
去年の最後にやったのは、1リットルや1.5リットルのペットボトルに水を半分入れて、ゆっくりと揺らしてみる試み。

先日のワークショップでは、ゆっくりとごろごろ転がってみた。寝返りしたり、でんぐり返りしたり。
*真っ直ぐ仰向けに横になって寝る。身体を伸ばしたまま、なるべくバタンとならないように身体を回転させていく。うつぶせになったら、また仰向けに戻ってくる。 
結構ヘトヘトになる。全身運動だ。身体の重心を感じることができる。

*今度は、実際に寝るようにリラックスして寝ころぶ。斜めになってもいいし、うつぶせでもいい。自分がいつも寝ているように、寝ころぶ。そこから、寝返りを打つようにゆっくりと回転していく。なるべくスムーズに、気持ちよく。

身体をスムーズに動かす。身体のパーツとパーツの関連を意識することができる。

*やや難しいが、手をつかずに、ゆっくりとでんぐり返りをする。また、後転する。なるべく、身体の1点が床に着くようにして回るとうまく回れる。

これも、身体の重心を感じる練習になるだろう。 

ペットボトルでダンス (2007/05/15)

奈良のたんぽぽの家でガムランと舞踊(身体表現)のワークショップを続けて、もうすぐ1年になる。先週は、いつものスタジオから出て、中庭で行った。 

月が上っていた。上を見あげた。ゆっくりと見あげた。 

杉の木が生えていた。形のいい、左右のバランスが取れた枝振りだ。木の全体を見渡せるところまで下がってみる。 
両手で枝をなぞっていく。ゆっくりと梢までなぞっていく。両手が出会う。幹に沿って、ゆっくりと下ろしていく。 
木と少し仲良くなって、背筋も伸びたように感じる。 

駐車場の横に坂道があった。左右に壁があり、音が反響する。踏み出す毎にビンビン反響する。 
今度は坂道をゆっくり音が鳴らないように上がってみた。そおーと、抜き足、差し足で上がってみた。全身の神経を張り巡らして、忍び足で歩く。 
ザザッ と砂が鳴る。 
アウト。 

木曜日、スペース天の練習に行くと、マルガサリのYさんと二人だった。太鼓を叩いていた。休憩がてら、ちょっと身体を動かしてみた。半分まで飲んだペットボトルを横にして、両手の手のひらに置く。なるべく最小限の動きで、タップンタップンさせる。出来れば、同じような音が鳴るように、タップンタップンさせる。自分の力と水の揺れる重みを同調させる。ここまでは、前にもやってみた。 
今日は、ここから、もう少ししみじみやってみた。 
ちょっと短いもの。500ミリリットルのもの。2リットルのもの。 
タップンタップンだけでなく、トップントップン、ドポン、ズブン、といろんな音が鳴る。そういえば、ガムランで使う中太鼓(チブロン)の音は、川で水遊びをしている音がヒントになっているという。しみじみ続けていると、なんがか心が落ち着いてきた。 

だいぶとしみじみやってみて、今度はペットボトルを頭に載せてみた。落ちないように、歩いてみた。居心地がいい。くるりと回ってみたり、ちょっと早足で歩いたり。止まって、ゆっくりと腰を落としていく。ジャワ舞踊の感じだ。そこから、ゆっくりとさらに寝ころんでみた。ペットボトルはまだ落ちない。 

日曜日、フェニックスのコンサートで三輪さんの作品で踊ったふたりと練習をした。ペットボトルの続きをやってみた。Hさんは頭に乗せて、落ちるか落ちないかの境目を探っている。Oさんは座って、さらに寝ころんで、さらにそこからペットボトルを支点にぐるっと1周回るという技を編み出した。 
横縞のバミューダパンツと横縞の長袖シャツを着たHさんの頭の上には、水玉のカルピスウォーターが、黒の上下を着たOさんの頭の上には濃い緑のお茶が載っていた。 

今日は、京都芸術センターで、インド舞踊の野中さんとバリ舞踊の大西さんと打ち合わせをした。6月に一緒に公演をするのだ。 

家に帰ると、去年碧水ホールの周辺でやった、インプロピクニックのDVDが野村幸弘さんから届いていた。 
今年は、この上映会もやってみたいな。2歳のブナも映っていた。 

愚かなカレー (2007/05/07)

子ども日はいい天気でした。ゆっくりと子供と遊びました。 

まず、家の前の田んぼへ行きました。今年は水が少ないので、ようやく田んぼに水が張られ始めています。まだ、全体の半分くらいしか入っていません。水の入っていない田んぼには、鍬で大きなカーブが掘られてるのが見えます。小高い山から流れる小川を見ると、あちらこちらに土管やパイプが横へと引かれています。その土管の栓を開けたり、パイプにビニールの袋で塞いだりすることによって、水が上流から下流へと流れながら、左右の田んぼを満たしているようです。水路の一部は地中に隠れているので、不思議な感じがします。田んぼに引かれた曲線にゆっくりと水が入ってきます。土やアメンボがクルクル回っています。 

そんな様子をふたりでゆっくり観察しました。青サギが風をすくいながら、水面スレスレを飛んでいきます。 

午後からは、車で20分ほどの大阪府民牧場へ行きました。こどもの日なので大にぎわいですが、ごった返すと言うほどではありません。牧場の奥の方に、スキー場のような坂になった草っぱらがあります。上まで上ると300メートルぐらいはあるでしょうか。一気に上がると息が切れます。坂の一番上まで上がってくる家族はあまりいません。それでも数組のグループが上がってきています。そのうち、数人の子供がゴロゴロと、横たわって転げ始めました。 

坂道のダンスです。 

僕とブナももちろん、ゴロゴロ回り始めました。横回り、前転、後転、後ろ走り、横走り、普通走り、何をやっても愉快です。どんどん行くと止まらなくなってスライディング。裸足になって、何度も何度も坂道を往復しました。すっかり疲れました。言うまでもなく、イウィンさんは帽子をかぶって、木陰であきれて見ているだけです。 

おい、ブナ。晩ご飯何にする? 

カレー。甘いカレー。 

ようし、決定。帰りにNOSE BOXで市販のカレールー甘口を買いました。子供ができるまではルーなんか使ったこと無かったのに・・・まあ、仕方がありません。 
家に帰って、早速調理開始。油を温め、香辛料(シナモン、カルダモン、クミン、クローブを少々)を投入し、タマネギみじん切りを加えます。しかし、この辺りで浅はかな邪念が湧いてきます。少しにしておいた香辛料をちょっと足した方がうまそうだなぁ、と。すこし、追加・・・ 
ニンニク、ショウガなども加え、ますますいい匂いがしてきます。この日は、イカを買ったので、これを投入。 
その後、トマト缶なども投入。すっかりエスニックな感じになってうまそうです。最後に、しょうがないので甘口カレールーも投入。しばし煮込んで、完成。 

いっただっきまーす。 
僕とイウィンさんはバクバク食べます。ブナは、1口2口、ゆっくり食べています。そして、5分ほどして、 

辛い〜・・・・ 

ガーン! 

なんと愚かなお父さんだろう。自分の欲望に任せて、こどもの日に子供の食べられないカレーを作るなんて!急いで、鮭を焼いたり、野菜を炒めたり・・・ 

大失敗である。カレーは何度も作っているのですが、たまに香辛料の量を見誤ります。ごめんよブナ。しかし、早く一緒に辛いカレーが食べたいよう。 

消防団初出動 (2007/04/26)

ブナが保育所に行きだして、地元社会との関わりも増してきました。僕の住んでいる集落は数十世帯が全員地元の人です。元々農家、あるいは現在も農家の家です。何百年も、聞くところによれば千年以上も、ここに住んでいる家系もあるそうです。そんなところなので、なかなか、「はいどうぞ・・・」と地元社会に入っていくことが出来ませんでした。この7年間、交流はありましたが、自治会などには参加していませんでした。 

しかし、子供の保育所入所と前後して、民生委員の方と会ったり、消防団への加入を誘われたりで、徐々に地元の関わりが増してきました。まあ、煩わしくもあるのですが、ジャワのディープな地元つきあいにも慣れているので、むしろプラス面を多く感じます。 

ジャワでは、月に1回開かれるアリサンという頼母子講や、毎晩のように行われるロンダという夜回りがあります。僕もジャワにいれば、参加します。慣れてしまえば楽しいものです。 

4月15日に、豊能町吉川中学校の校庭で消防団の入退団式がありました。制服制帽をかぶっての本格的式典です。その前日、自宅にいると、サイレンが鳴って、消防車とパトカーがやってきました。家の目の前にある棚田の細道を消防自動車が上がっていきます。パトカーも右往左往しています。僕も自転車で駆けつけました。青年団も、ちょうど翌日の式典の準備で、ポンプ車を整備していたので、すぐに駆けつけました。 

結局、椎茸の原木が少し燃えた程度でした。「焼き椎茸が出来た。」と冗談が言えるぐらいですみました。「入団式前に、出動したのは、君が始めてやな。」と笑われました。 

タケノコとオポル・アヤム (2007/04/12)

4月3日から、ブナが近所の、と言っても3キロぐらいは離れているが、公立の保育所に通っている。入園式から10日ほど過ぎた。おおよそ機嫌良く通っている。今週からは、朝から夕方までだ。こちらの仕事が不定期なので、早めに迎えに行く日もあるが・・・。 

昨日は、「保育園って、毎日あるの?」と聞いてきた。 
「そうだ、毎日だよ。高校生になるまで、ずっと毎日学校へ行くんだよ。」 
考えてみれば、大変な生活が始まってしまったのだ。今日も、朝送って行った。9時から、タケノコ体操がある。運動場に広がって、子供達が元気に踊っている。保育所は0歳から通っている子もおり、4月から通い出したのは、ブナを含めて、50人中6人。44人はばっちり踊れるのだ。新入りの6人はうまく踊れない。 

「クロノトペンだったら、ゴニュゴニョ・・・・」とか何とか言っている。「ブナは見とくは・・・」 
と校庭の端に座っている。少し寂しそうだがいい顔だ。なんだか、学年が上がった時の自分の学校時代のことを思い出した。 

ここのところ、家で、翻訳の仕事をしている。アチェの関するちょっとした論文で、なかなか面白い。昼までやって、イウィンさんの作ったオポル・アヤム(鳥のココナッツ煮)を食べた。揚げたピーナッツをご飯に散らして食べる。香ばしくてうまい。 

あー、子供がいないって、こんなに静かだったか・・・と久しぶりに、一息ついた。

エイブルとノイズレス (2007/04/07)

木曜日、アイブルアートの冊子が届きました。前に日記で書いた細馬さんとの対談(インタビューされた)が乗っています。 

写真も大きく載っている。こんなに大きい自分の名前の活字を見たのは初めてだ。 

エイブルアートのこと、ジャワ舞踊のこと、その意外な接点のことを喋っています。少し、喋り足りない感じですが、紙数があるので仕方がない。もし、ご覧になりたい方があれば、メッセージを送って下されば、郵送いたします。プロジェクトのリポートなので、もちろん無料です。僕自身もエイブルアートの活動は、「さあトーマス」に限らずに続けたいと思っています。 

今日は、京都近代美術館で鈴木昭男さんとユリウスさんの展覧会+パフォーマンスがありました。まっちゃんとイウィンさん+ブナで出かけました。会場は満員。しぶい組み合わせなのに・・・会場であった林加奈さんが「やっと時代がこんな表現を理解するのに追いついた、ということでは説明できないね。」と言っていて、横で肯きました。加奈さん以外にも、いろんな人にお会いしました。鈴木さんを取り囲む芸術を愛する人たちの同窓会のようでありました。パフォーマンスは素晴らしく。窓の外で、ライトに照らされる満開の桜、満員の観客のせいもあって、興奮しました。思わず踊り出してしまいそうでした。 
終了後、イウィンさんに聞くと、ユリウスさんの音がやさしくて繊細で良かったと言っていました。 

そういえば、今日の朝日新聞にフェニックスホールで行った「ガムラン コモンズ」の評が出ました。よろしければ、ご覧下さい。 

ガムラン コモンズ (2007/03/31)

あっという間に日が経ってしまいました。日曜日に、フェニックスホールでコンサートをして、もう土曜日です。 
来て下さった方々ありがとうございました。また、何人かの方々が感想を書いて下さいました。どうも、ありがとうございました。今後の糧として、ますますいい舞台を作っていきたいと思います。 

おかげさまで、ホールは満員になりました。スタッフの方が楽屋の椅子まで持っていくほどの盛況でした。最後の演目、ラハルジョさん作曲の「GEMPA 地震」の終演後は、拍手が長く続き、3度のカーテンコールをしました。感激でした。 

そのラハルジョさんは、3月16日に来日して以来、我が家ウロコ庵に滞在しました。我が家のブナもとてもかわいがってもらいました。普段は、あまりインドネシア語を話さないのですが、ラハルジョさんと遊んでもらいたい一心で、随分インドネシア語が上達しました。今週、木曜日キャセイ・パシフィックに乗って、香港経由で帰国しました。直前に、ガルーダの事故があったからです。結局は、ジャカルタからは問題の路線に乗るわけですが・・・ 

さて、コンサートですが、前半は古典曲2曲。後半、鈴木さん、三輪さん、ラハルジョさんの3作品。トータルで3時間に及ぶ長いコンサートでした。小暮さんのブログによると、終演は18時2分前だったそうです。前半、楽屋のいたのですが、前日のリハを聞いていると、1曲目のグンディン・ボナンの終盤でいよいよ音量が増してくると、やがてサロンとボナンの音が大きな渦巻きとなり、フェニックスホールの高い天井へと舞い上がっていくのが見えました。 

実はこの曲で、僕は踊りたかったのですが、今回はじっくりガムランを聴いてもらおうと思ったり、いろいろ考えることがあり、踊りませんでした。しかし、いずれは、本来は舞踊曲ではないけれど、精神と身体が飛んでいって踊りそうになるこのタイプのガムラン曲でも踊りたいと思っています。 

鈴木曲では、頭を剃って、懐かしい白のトレパンの上下姿でイウィンさんと一緒に踊りました。このトレパンは、阪急池田に駅前商店街にある由緒正しい「キタダ洋品店」で見つけました。なんだかジャワの百貨店を彷彿とさせる佇まいの店です。 
この作品では、古代の儀式のように、ある特殊な能力を持った人が普通の人が感知できない微妙な信号をキャッチして、それを動きに変える。そして、それを美やダイナミックな動きとしてダンスに表し、人々を見入らせる(魅入らせる)。と、なかなかこんな風には行きませんが、そんなイメージを持って踊りました。 

三輪作品では、僕は踊らず、HさんとOさんが踊りました。この二人と共に、三輪さんの作品からアイデアをもらい、ダンスを作っていきました。今回の三輪さんの作品は、2進法の演算が元になっています。ある法則だけがあり、それに則った運動が自己生成をくり返し、音楽を作り出していくという考えは、僕がジャワ舞踊に抱いているダンスの感覚とものすごく近いのです。 

重力、遠心力を感じながら、 
骨や筋肉の付き方を感じて、 
音やその場の空気を信号として受け止めて、(但し記号的にではないブレーキの音、ポリタンクを叩く音、という風に聞くのではなく、音の揺らぎ、ニュアンスを聞き取り、そこに運動や方向性を感じる。) 
他の人や物や場に気持ちやリズムを同調させて、 
踊る。 

こういったことを手がかりに、身体表現のワークショップをくり返して、作品を作っていきました。今回、試みのすべてを達成させることはできませんでしたが、三輪さんとの試みは今回がスタートで、これから始まるプロジェクトなのです。その第1段階として、今回のコンサートがありました。次は、9月の碧水ホールで続編を公演します。 

ラハルジョ作品。地震になって踊りました。Oさんからは、「桃太郎」に引き続き「不穏なダンス」が素晴らしいというコメントをいただきました。この作品は、細部に至るまで楽譜が出来ていたので、最初は踊るつもりはありませんでした。しかし、どこかで踊れるチャンスはないか?作品の良さを引き立てることは出来ないか?と思いながら、練習につきあっていました。前日リハの最後に、あの場面で踊ることをひらめき、やってみました。翌朝、ラハルジョさんと会って、話をすると、彼も賛成してくれました。また、再演の際には、さらに膨らまして欲しい、と言ってくれたので、考えてみたいと思っています。この作品は、5月27日の地震の1周年に、神戸のCAP HOUSEで「マンディ サマサマ」というイベントの中で、再演する予定です。 

なかなか盛りだくさんのコンサートでありました。 

ひとつ終わってもうひとつ (2007/03/23)

先週の土曜17日、神戸のジーベックホールでコンサートを行いました。共演者はダルマブダヤと舞踏の由良部正美さん。 

まず、11:00〜13:00までがジャワ舞踊のワークショップでした。9名の方が参加して下さいました。いろんな背景の方々、コンテポラリーダンスファン、ギタリスト、ヨガの方、染織織物の方、武道家、バリ舞踊の方などバラエティに富んでいました。まずは、皆さんのストレッチ法を聞きました。いろいろありましたが、結構似ていました。体を使うことは、基本的に似ているんでしょうね。ギタリストの方に教えてもらった指ストレッチも良さそうです。 

ワークショップでは、なるべく参加者の皆さんの話や意見も聞きながら進めたいと心掛けています。まずは仲良くならないと始まりません。 

この後の公演が舞踏家との共演なので、ジャワ舞踊だけでなく、僕が大切だと思っている動きや心の持ちかたをいろいろやってみました。特に、手と腕の動きをいろいろやってみました。

右手と左手を胸の前で合わせる。左右の手が交互に上に来るように回転させる。人差し指が左右180度向きが反対になるように回転させる。 

同じ動きを左右の手を少し2,3センチ離して、やってみる。できそうでなかなか難しい。反対側の手があることのよって、当たり前だが、動きが制御されて、スムーズに動くということがわかります。 

同じ動きをしながら、左右のバランスを意識する。例えば、右をプラス、左をマイナスだとすると、 
右に寄った時は、大きくプラス 
左に寄った時は、大きくプラス 
左右がそろって真ん中に来た時は、プラスマイナスゼロ 

ゼロになった時をよーく意識する。この瞬間のみ無理なく、次の動きに以降できやすい。 

他にもいくつかやってみました。僕がジャワ舞踊をやって来ているの中で発見した動きや考えです。 
参加者の方も楽しんでくれた?ようでした・・・よね?? 

その後、16:30〜が公演でした。この組み合わせで行うのは3年ぶりです。2004年3月20,21日にダンスボックスで公演をしました。ブナが生まれて2日後だったので、記憶に残る公演になっています。子供が生まれただけでなく、僕にとっては、それまでにも創作ダンスや桃太郎もやっていましたが、ジャワ舞踊以外の動きを開発して、人前で公演する始めての機会だったので、大変な公演でした。 

その冬はイウィンさんが妊娠していました。僕は寒い風の吹く中を取り敢えず、外へ出かけて、山を走ったり、坂を滑ったり、田んぼを転げ回ったりしました。もがきながらダンスを探しました。 

また、この会場であるジーベックホールも記憶の詰まった会場です。1989年の開館当初から、当時はメンバーとして加わっていたダルマブダヤで良く訪れました。20年近く前です。20歳頃の自分を思い出しました。 

公演は大きなミスはなく終了しましたが、自分にとってはいくつかの課題も見つかりました。次につなげて行かねばなりません。公演後、会場でパーティもあり、何人かの方とお話もできました。しかし、あまり余韻に浸るまもなく、豊能に戻りました。次の日曜に迫っているマルガサリの練習があったのです。 

前にも書きましたが、25日日曜日にフェニックスホールでマルガサリの公演があります。本番に向けて、ジャワから作曲家のラハルジョさんも来日し、寒い我が家に泊まっています。本番まで、後2日です。