2月2日にならまちセンターでやった「うまれる」の映像を見ています。2台あったカメラの1台分ですが・・・。後々、編集してDVDにする予定。相当、おもしろいです。即興なので、本番中も長さは決まっていないし、どこで終わってもいいんですが、ある場面で、客席の女性が声を上げます。文字にするとたいしたことはないのですが、これによって、パフォーマンスは熱を帯びていきます。
前回の日記にも書いたのですが、本番の記憶を頼りに書いたので、ちょっと思い違いもあったようです。「じぶんのこだけが、かわいいんです。」っていうのは、本番が終わってから言ってたのかなあ?
昨年の8月6日に芦屋市立美術博物館で行った「うまれる」の初演の映像はすでに編集が終わっています。販売しようと思っています。近々宣伝しますので、よろしくお願いします。2作品とも、全く違った状況がうまれています。
・・・ ・・・
(母)
りっぱ、りっぱ。
りっぱ、りっぱ。 ??
もう、お母さん・・・。
さくまさん、ありがとう。
(母)
りっぱ、りっぱ。
(母)
終わってなかった・・・、すみません。
(佐久間)
今から踊りますよ。
(母)
まだ、これから・・・、 さくまさん、終わったんかとおもたなあ、やってください。
(佐久間)
踊りますよ。
(晴美)
イチ、ニ、サン、
(母)
ガンバレ。
(晴美)
ガンバレ。
(晴美)
おにいちゃん。
(母)
すみません、わたしがぶちこわしましたね。
(佐久間)
大丈夫です。大丈夫。
(佐久間)
ありがとうございます。
(佐久間)
おかあさん、おかあさんでしょ。
(母)
こんな子、産んだ覚えないけどね。
(晴美)
おかあさん、おかあさん。
(佐久間)
おかあさん、ありがとうございます。
(母)
さくまさん、ご苦労さまです。
??でて、よかったね。
(男)
ガンバレ、ガンバレ。
(母)
すみません、ありがとうございます。
(男)
ガンバレ。
(佐久間)
ありがとう。
(晴美)
おにいちゃん。
(母)
すみません、ぶちこわし専門ですので・・・。
(佐久間)
ぶちこわれてないと思います。
(母)
ごめんなさい。
もう終わるかと、終わるかと・・・。
(佐久間)
なにか言ってますよ。
(母)
はやく終わってくれたらうれしくて・・・。
(晴美)
おかあさん、おにいちゃん。
(母)
おにいちゃん、いいぞ。
がんばろう。
(晴美)
おにいちゃん、おぶって。
(母)
これを待ってました。
(佐久間)
重いぞ。
出演者;奥谷晴美、佐久間新、ジェリー・ゴードン
母:奥谷晴美の母 僕は、一度会ったことはあったけど、途中まではわからなかった。
男:客席の男の観客 誰かはわからないが、大きな声をかけてくれた。
・・・ ・・・
2014年12月31日水曜日
うまれた、叫ばずに。(04/02/2012)
2月2日
最高だった。
楽屋で白いドレスに着替えている晴美さんを見ながら、
今日、この場所で、この人とダンスができる奇跡を感じて、
ジェリーさんの音とともに
ある、
ことだけを踊ろうと決めた。
ほの明るい光と闇がつくる輪のはざまでたゆたうと、からだが滑りはじめた。
きっと、もうひとつの光の輪では、晴美さんが踊っているのだろう。
感じるままに、気ままに踊った。
光がひとつの大きな輪になった。すこし晴美さんを探ってみると、
ヴェールの向こうで、目がらんらんとし、ぐふふと笑っていた。
いいですか、おにいちゃん、おどりましょう、おもいっきりやりましょう、
って言ってるのがわかった。
僕は、ますます気ままに踊った。
前回とは違った。開始直後に発作が起こったあの時とは。
四方を囲んだ下手側の客席から拍手が聞こえた。叫び声も聞こえる。どうやら晴美さんのお母さんのようだった。
「わたしは、じぶんのこだけがかわいいんです。」「よかったよ。」「サクマさん、ありがとう。」「こんなこをわたしはうんだんですか。しんじられない。」「ぶちこわして、ごめんなさいね。」
間欠泉のように、感情の泉が高まるたびに、お母さんは何度も登場した。
「ありがとうございます、はるみさんのおかあさんですね、まだなんです、ここからなんです、まだまだおどるんですよ、だいじょうぶです、ありがとうおかあさん。」
と、僕も叫んでいた。
晴美さんを車椅子から下ろした。どんどん踊り出した。イチ、ニ、サン、シ、ゴッ、ロック、歌いながらダンスした。ぐるぐる、ひょこひょこ踊りながら、
わたしいいでしょ、みんなみてる、いけてるでしょ、すごいでしょ、
ダンスの渦。
僕が飛び跳ねると、晴美さんも魂ごとジャンプして終わった。崩れ落ちた晴美さんをお姫さまだっこして、くるりくるりと回った。
「それを待ってたんや!」「ウォー」
ことばにならない叫びが聞こえてきた。拍手の中での退場。
なにかがうまれたようだった。いつも毎日毎日何年も「うまれた」を叫び続けたのに、舞台では叫ばなかった。ほんとにうまれるときは、うまれたとは言わないんだろう。この日まで、想像妊娠のような状態になっていた。ほんきで狂気で、踊り狂うひと。僕は、晴美さんにあこがれ続けているのだろう。彼女と一緒に、自分の力を総動員して闘えるダンス事故。ダンスの力、ダンスの可能性。ひとの力、ひとの可能性。
最高だった。
楽屋で白いドレスに着替えている晴美さんを見ながら、
今日、この場所で、この人とダンスができる奇跡を感じて、
ジェリーさんの音とともに
ある、
ことだけを踊ろうと決めた。
ほの明るい光と闇がつくる輪のはざまでたゆたうと、からだが滑りはじめた。
きっと、もうひとつの光の輪では、晴美さんが踊っているのだろう。
感じるままに、気ままに踊った。
光がひとつの大きな輪になった。すこし晴美さんを探ってみると、
ヴェールの向こうで、目がらんらんとし、ぐふふと笑っていた。
いいですか、おにいちゃん、おどりましょう、おもいっきりやりましょう、
って言ってるのがわかった。
僕は、ますます気ままに踊った。
前回とは違った。開始直後に発作が起こったあの時とは。
四方を囲んだ下手側の客席から拍手が聞こえた。叫び声も聞こえる。どうやら晴美さんのお母さんのようだった。
「わたしは、じぶんのこだけがかわいいんです。」「よかったよ。」「サクマさん、ありがとう。」「こんなこをわたしはうんだんですか。しんじられない。」「ぶちこわして、ごめんなさいね。」
間欠泉のように、感情の泉が高まるたびに、お母さんは何度も登場した。
「ありがとうございます、はるみさんのおかあさんですね、まだなんです、ここからなんです、まだまだおどるんですよ、だいじょうぶです、ありがとうおかあさん。」
と、僕も叫んでいた。
晴美さんを車椅子から下ろした。どんどん踊り出した。イチ、ニ、サン、シ、ゴッ、ロック、歌いながらダンスした。ぐるぐる、ひょこひょこ踊りながら、
わたしいいでしょ、みんなみてる、いけてるでしょ、すごいでしょ、
ダンスの渦。
僕が飛び跳ねると、晴美さんも魂ごとジャンプして終わった。崩れ落ちた晴美さんをお姫さまだっこして、くるりくるりと回った。
「それを待ってたんや!」「ウォー」
ことばにならない叫びが聞こえてきた。拍手の中での退場。
なにかがうまれたようだった。いつも毎日毎日何年も「うまれた」を叫び続けたのに、舞台では叫ばなかった。ほんとにうまれるときは、うまれたとは言わないんだろう。この日まで、想像妊娠のような状態になっていた。ほんきで狂気で、踊り狂うひと。僕は、晴美さんにあこがれ続けているのだろう。彼女と一緒に、自分の力を総動員して闘えるダンス事故。ダンスの力、ダンスの可能性。ひとの力、ひとの可能性。
2013年10月11日金曜日
デンマークの芭蕉 (08/10/2010)
10月6日
北白川に住むデンマーク人茶人の怪人ビスゴーさん宅へ,バナナの木を取りに行く。呼び鈴の無い玄関を開けて,ごめんくださいといいながら入って行くと,スンダのガムランが聞こえてきた。甘い歌声と子気味良い太鼓の響き。生成りの詰め襟を着たビスゴーさんが迎えてくれる。床の間に座ると,マッチをつけて,蝋燭とあんどんに火を灯す。柔らかな明かりが部屋に満ちる。デンマークには,火に感謝するキリスト教以前のお祭りがあるという。
美人のお弟子さんが、薄いクッキーとお茶を持って来る。僕はいつもより丁寧に飲んでしまうが、ビスゴーはホイッって感じでアッサリと飲む。しばらくすると、美人さんがもう一度あらわれる。さっきのお茶は失敗だったという。おいしかった気がするが,あたらしいのを飲むとさすがに一段階違う味だった。ジャワやバリの話が尽きない。
夏にコンサートに来た時に,イウィンさんがバナナの葉っぱが欲しいと言ってもらって帰った。家で蒸し菓子を作りその写真をメールで送ると,ビスゴーさんから「バナナが育っているから取りに来て!」と連絡があった。彼は、以前は一乗寺のあたりに住んでいて,そこにはバナナがいっぱいなっていて,これはそのバナナの生き残りなのだ、と。松尾芭蕉は,一乗寺に住んでいたことがあり,その縁で名前を 芭蕉にしたというのだという。バナナの和名は芭蕉だけど,ほんとかなあ?まあ、とにかく由緒あるバナナの木が、我が家へ来ることになった。春までは鉢の中,暖かくなったら,外へ植え替えてやろう。
北白川に住むデンマーク人茶人の怪人ビスゴーさん宅へ,バナナの木を取りに行く。呼び鈴の無い玄関を開けて,ごめんくださいといいながら入って行くと,スンダのガムランが聞こえてきた。甘い歌声と子気味良い太鼓の響き。生成りの詰め襟を着たビスゴーさんが迎えてくれる。床の間に座ると,マッチをつけて,蝋燭とあんどんに火を灯す。柔らかな明かりが部屋に満ちる。デンマークには,火に感謝するキリスト教以前のお祭りがあるという。
美人のお弟子さんが、薄いクッキーとお茶を持って来る。僕はいつもより丁寧に飲んでしまうが、ビスゴーはホイッって感じでアッサリと飲む。しばらくすると、美人さんがもう一度あらわれる。さっきのお茶は失敗だったという。おいしかった気がするが,あたらしいのを飲むとさすがに一段階違う味だった。ジャワやバリの話が尽きない。
夏にコンサートに来た時に,イウィンさんがバナナの葉っぱが欲しいと言ってもらって帰った。家で蒸し菓子を作りその写真をメールで送ると,ビスゴーさんから「バナナが育っているから取りに来て!」と連絡があった。彼は、以前は一乗寺のあたりに住んでいて,そこにはバナナがいっぱいなっていて,これはそのバナナの生き残りなのだ、と。松尾芭蕉は,一乗寺に住んでいたことがあり,その縁で名前を 芭蕉にしたというのだという。バナナの和名は芭蕉だけど,ほんとかなあ?まあ、とにかく由緒あるバナナの木が、我が家へ来ることになった。春までは鉢の中,暖かくなったら,外へ植え替えてやろう。
やすりとハンマーと緑の石 (08/10/2010)
10月7日
9時すぎに北野白梅町にあるウィークリーマンションへ,ガムラン調律師のスグンさんを迎えに行く。内線電話をしても、呼び鈴を鳴らしても出てこない。歩いて立命館へ行ったかと,大学まで行ってみるがいない。そうこうするうちに部屋から出てきた。なんとシャワーをしていたとのこと。
10時前から調律を始める。鉄琴のようなサロンやグンデルは,ヤスリやグラインダーでどんどん削って行く。真ん中や端っこを削って、音高を変えて行く。5年間も倉庫に眠っていたので,かなり調律が狂っている。というか、5年前に演奏したときからかなり狂っていたのだ。僕は,スグンさんの横で、仕上がった鍵盤を磨いた。バトゥ・ヒジョウ(緑の石)をガソリンに溶かし,ぼろ布に染み込ませて鍵盤をこすり,後でからぶきをする。見事に輝きはじめる。くせになりそうである。輝きに魅せられるのだ。
昼過ぎまでがんばって、休憩。この楽器は,5年前にジョグジャカルタ特別州から京都府に送られたのだが,紆余曲折があり、立命館におかれることになったのだ。見事なフルセット。今回,ジョグジャ京都友好提携25周年記念公演のために、調律をすることになった。全部やるのに4日間はかかる。今日で、3日目。なんとか先が見えてきた。
ちょっとリッチな学食「カルム」で、サワラの西京焼弁当を食べて,午後からもがんばる。スグンさんは,鍵盤からお鍋型のボナンに取りかかった。ボナンは、主に叩いて調律をする。レールの切れ端にボナンを乗せて,ハンマーでがんがん叩く。かなり豪快だ。ガムランの調律は豪快に見えるが、実は繊細な面もある。グンデルを調律した後,調律する楽器とグンデルを交互に叩き,共鳴させて、音高を決めて行く。調律師の中には,セント値をはかる器具を使う人もいる。午後からのボナンは,調子よく進んで行った。僕もどんどんと磨いて行った。5時前に作業終了。
この日,スグンさん以外の舞踊家や演奏家18人が来日した。はるかと地下鉄タクシー乗り継いで、どうにかホテルへ到着していた。みんな疲れきっていたが,7時からスペース天で練習があったので,演奏家4人とスグンさんと舞踊家のアリンさん、そして王様の弟のグスティ・ユドさんが、僕と真さんの車に分乗して、天へ向かった。
9時まで練習をし,一行へホテルへ送り届け,とんぼ返りして,豊能の家へ戻ると,日付が変わる頃だった。星がきれいだった。カシオペヤが北の空に上がっていた。さてと、日曜日まで,忙しくなりそうだ。
9時すぎに北野白梅町にあるウィークリーマンションへ,ガムラン調律師のスグンさんを迎えに行く。内線電話をしても、呼び鈴を鳴らしても出てこない。歩いて立命館へ行ったかと,大学まで行ってみるがいない。そうこうするうちに部屋から出てきた。なんとシャワーをしていたとのこと。
10時前から調律を始める。鉄琴のようなサロンやグンデルは,ヤスリやグラインダーでどんどん削って行く。真ん中や端っこを削って、音高を変えて行く。5年間も倉庫に眠っていたので,かなり調律が狂っている。というか、5年前に演奏したときからかなり狂っていたのだ。僕は,スグンさんの横で、仕上がった鍵盤を磨いた。バトゥ・ヒジョウ(緑の石)をガソリンに溶かし,ぼろ布に染み込ませて鍵盤をこすり,後でからぶきをする。見事に輝きはじめる。くせになりそうである。輝きに魅せられるのだ。
昼過ぎまでがんばって、休憩。この楽器は,5年前にジョグジャカルタ特別州から京都府に送られたのだが,紆余曲折があり、立命館におかれることになったのだ。見事なフルセット。今回,ジョグジャ京都友好提携25周年記念公演のために、調律をすることになった。全部やるのに4日間はかかる。今日で、3日目。なんとか先が見えてきた。
ちょっとリッチな学食「カルム」で、サワラの西京焼弁当を食べて,午後からもがんばる。スグンさんは,鍵盤からお鍋型のボナンに取りかかった。ボナンは、主に叩いて調律をする。レールの切れ端にボナンを乗せて,ハンマーでがんがん叩く。かなり豪快だ。ガムランの調律は豪快に見えるが、実は繊細な面もある。グンデルを調律した後,調律する楽器とグンデルを交互に叩き,共鳴させて、音高を決めて行く。調律師の中には,セント値をはかる器具を使う人もいる。午後からのボナンは,調子よく進んで行った。僕もどんどんと磨いて行った。5時前に作業終了。
この日,スグンさん以外の舞踊家や演奏家18人が来日した。はるかと地下鉄タクシー乗り継いで、どうにかホテルへ到着していた。みんな疲れきっていたが,7時からスペース天で練習があったので,演奏家4人とスグンさんと舞踊家のアリンさん、そして王様の弟のグスティ・ユドさんが、僕と真さんの車に分乗して、天へ向かった。
9時まで練習をし,一行へホテルへ送り届け,とんぼ返りして,豊能の家へ戻ると,日付が変わる頃だった。星がきれいだった。カシオペヤが北の空に上がっていた。さてと、日曜日まで,忙しくなりそうだ。
晴美+佐久間ダンス@現代思想 (29/09/2010)
「現代思想」青土社10月号が発行されたよう。臨床哲学が特集されています。本間直樹さんと玉地雅浩さんが、「身体は見えるものである 理学療法からダンスへ」という文章を共同執筆している。これに際して,本間さんからインタビューを受けた。
http:// www.sei dosha.c o.jp/in dex.php ?%CE%D7 %BE%B2% B8%BD%B E%DD%B3 %D8
7月に、みんぱくで「侵蝕するガムラン」というコンサートをした。その中で,「ドン・テ・シペシ」というタイトルで、マルガサリ+Yangjah+たんぽぽの家メンバーで、即興パフォーマンスをした。それに向けて、たんぽぽの家で何度か練習を行った様子を撮影した映像を見ながらのインタビュー。
たんぽぽに家きっての存在感あるダンスをする晴美さんと、ひさびさにダンスをした。向かい合ってしばらくやり取りがあって,ダンスがはじまる感じだ。どうして、ダンスがはじまるのか。その時の様子を、からだでじっくりと反芻しながら映像を見て,言葉にしてみた。
本間直樹さんが、うまく文章にして書いている。
以下引用
・・・ ・・・
この記録を観ながら、Bは筆者に対して次のように語る。「僕とBさんとは、これまでも何度か一緒に舞台に立ったこともあり、二人のあいだに、表現することに向かうための基本的な信頼関係が成立している。(映像を観て思い出しながら)このとき、僕はAの振舞いを真似て発展させている。しかし、完全な真似ではなく、わざとちょっと変えてやる。ほんの数回やるとAさんが喜ぶ。自分の動きに近いことがパフォーマンスになっている、自分の動きが僕によって採用されている、ダンスにされているのをどうも喜んでいるようだ。その、ダンスが成立した感じになると、今度は大胆に動き出す。それだってダンスになるよ、と僕も動く。こういうのは普段の捌け口を求めるような、感情の吐き出しとは違う。遊びになり、ダンス化している。」
事前にパフォーマンスに参加することに同意がなされていることからも明らかであるが、AもBの両者とも、自分の身体が他者によって見られることを承認している。ここで見られるような身体の表現は、根源的に対他的な営みであり、動く自分の身体が、他者からの承認(あるいは否認)をともなう〈見えるもの〉であることを追求している。しかも両者は、互いに見ることと見られること交換しつつ、模倣による閉じた循環に陥ることなく、開かれた〈対〉を形成している。この開かれた〈対〉によって、どちらもが最初は予測していなかったような大きな振りやポーズが生成されているのである。そのことが両者によって喜びとして感じられていることは、このような生成の場に立ち会った者にとっても直接に感じとられる。その意味でも、二人だけの世界ではなく、開かれた〈対〉が演じられているのである。
・・・ ・・・
晴美さん、目力あるね、最後の立ち上がってのダンスもすごいねえ。まねできないねえ。
http://www.youtube.com/watch?v=_9lxGJvnZA0
http://
7月に、みんぱくで「侵蝕するガムラン」というコンサートをした。その中で,「ドン・テ・シペシ」というタイトルで、マルガサリ+Yangjah+たんぽぽの家メンバーで、即興パフォーマンスをした。それに向けて、たんぽぽの家で何度か練習を行った様子を撮影した映像を見ながらのインタビュー。
たんぽぽに家きっての存在感あるダンスをする晴美さんと、ひさびさにダンスをした。向かい合ってしばらくやり取りがあって,ダンスがはじまる感じだ。どうして、ダンスがはじまるのか。その時の様子を、からだでじっくりと反芻しながら映像を見て,言葉にしてみた。
本間直樹さんが、うまく文章にして書いている。
以下引用
・・・ ・・・
この記録を観ながら、Bは筆者に対して次のように語る。「僕とBさんとは、これまでも何度か一緒に舞台に立ったこともあり、二人のあいだに、表現することに向かうための基本的な信頼関係が成立している。(映像を観て思い出しながら)このとき、僕はAの振舞いを真似て発展させている。しかし、完全な真似ではなく、わざとちょっと変えてやる。ほんの数回やるとAさんが喜ぶ。自分の動きに近いことがパフォーマンスになっている、自分の動きが僕によって採用されている、ダンスにされているのをどうも喜んでいるようだ。その、ダンスが成立した感じになると、今度は大胆に動き出す。それだってダンスになるよ、と僕も動く。こういうのは普段の捌け口を求めるような、感情の吐き出しとは違う。遊びになり、ダンス化している。」
事前にパフォーマンスに参加することに同意がなされていることからも明らかであるが、AもBの両者とも、自分の身体が他者によって見られることを承認している。ここで見られるような身体の表現は、根源的に対他的な営みであり、動く自分の身体が、他者からの承認(あるいは否認)をともなう〈見えるもの〉であることを追求している。しかも両者は、互いに見ることと見られること交換しつつ、模倣による閉じた循環に陥ることなく、開かれた〈対〉を形成している。この開かれた〈対〉によって、どちらもが最初は予測していなかったような大きな振りやポーズが生成されているのである。そのことが両者によって喜びとして感じられていることは、このような生成の場に立ち会った者にとっても直接に感じとられる。その意味でも、二人だけの世界ではなく、開かれた〈対〉が演じられているのである。
・・・ ・・・
晴美さん、目力あるね、最後の立ち上がってのダンスもすごいねえ。まねできないねえ。
http://www.youtube.com/watch?v=_9lxGJvnZA0
扇風機のダンス 女子大生とダンス (10/09/2010)
明日,奈良と堺の高齢者の施設に行って,ワークショップをします。はしごです。午後は奈良,そして夜は堺。老人の方々とも一緒にダンスをしたいのですが,まずはケアをしているスタッフの方と仲良くなりたいと思っています。奈良へは前回下見へ行ったので、明日が第1回目。堺は,前回から始まったので,明日が第2回目です。堺の第1回目の様子を、少し書いてみます。
8月20日
大阪大学コミュニケーションデザインセンターの本間直樹さんと堺の高齢者施設へ。住宅街にある元別荘の1軒家なので、少し迷った。玉地雅浩さんと西村ユミさんも遅れてやってきた。スタッフの方4人にインタビューするところから始めた。リーダーの細川さんは独特のキャラクターで、本音トークの人だった。老人がみんなそろって体操したり,折り紙したりするのはおかしいやんってことで、この施設にはリクレーションが無いということだった。常駐スタッフは6人で,みんな若くてとても元気がよかった。僕は,ワークショップ用にペットボトルも持ってきていたけど,なんだか別のことがしたくなったので,部屋でぐるぐる回っていた扇風機で遊ぶことにした。
http://www.youtube.com/watch?v=pAeiPwxRbwM
http://www.youtube.com/watch?v=XrunUF7YcAY]
細川さんによると、普段もリクレーションは無いが,突然社交ダンスを踊りはじめるおばあさんとダンス大会になったり,つねってくるおじいさんの攻撃を防御するところからダンスが始まったりすることがあるとのことだった。扇風機で遊ぶのは、馬鹿げているのかもしれないが,スタッフのみんなは大まじめに遊んでくれた。細川さんが羽根を壊して,ようやく終了になった。壊して終わるなんて,小学生みたいだなあ。
8月24日
ここのところちょこちょこ会っているコンテンポラリーダンスの砂連尾理さんに頼まれて神戸女学院大学へワークショップに出かけた。砂連尾さんは、伊丹のアイホールのプロジェクトで、市民や大学生とダンス作品を作っているのだ。
http:// saaleka shi.exb log.jp/
10時50分に阪急門戸厄神駅に待ち合わせ。舞踊専攻があるなんて知らなかった。立派なスタジオもある。11時から16時までワークショップを行った。スタジオの裏からは,甲山と六甲山が見えた。声を向いの谷に放り投げてみた。それから空気を、甲山まで投げてみた。そして指と腕で六甲山をなぞってみたり,雲をなぞってみたり。スタジオへ戻ってからは,ペットボトルのワークもやってみた。普段バレエやコンテンポラリーダンスのレッスンをしている彼女たちにとっては、相当変わったワークだっただろうなあ。それでも興味津々でやってくれた。みんなありがとう。公演の成功を祈っています。


ペットボトルをからだに載せるワークの写真です。
8月20日
大阪大学コミュニケーションデザインセンターの本間直樹さんと堺の高齢者施設へ。住宅街にある元別荘の1軒家なので、少し迷った。玉地雅浩さんと西村ユミさんも遅れてやってきた。スタッフの方4人にインタビューするところから始めた。リーダーの細川さんは独特のキャラクターで、本音トークの人だった。老人がみんなそろって体操したり,折り紙したりするのはおかしいやんってことで、この施設にはリクレーションが無いということだった。常駐スタッフは6人で,みんな若くてとても元気がよかった。僕は,ワークショップ用にペットボトルも持ってきていたけど,なんだか別のことがしたくなったので,部屋でぐるぐる回っていた扇風機で遊ぶことにした。
http://www.youtube.com/watch?v=pAeiPwxRbwM
http://www.youtube.com/watch?v=XrunUF7YcAY]
細川さんによると、普段もリクレーションは無いが,突然社交ダンスを踊りはじめるおばあさんとダンス大会になったり,つねってくるおじいさんの攻撃を防御するところからダンスが始まったりすることがあるとのことだった。扇風機で遊ぶのは、馬鹿げているのかもしれないが,スタッフのみんなは大まじめに遊んでくれた。細川さんが羽根を壊して,ようやく終了になった。壊して終わるなんて,小学生みたいだなあ。
8月24日
ここのところちょこちょこ会っているコンテンポラリーダンスの砂連尾理さんに頼まれて神戸女学院大学へワークショップに出かけた。砂連尾さんは、伊丹のアイホールのプロジェクトで、市民や大学生とダンス作品を作っているのだ。
http://
10時50分に阪急門戸厄神駅に待ち合わせ。舞踊専攻があるなんて知らなかった。立派なスタジオもある。11時から16時までワークショップを行った。スタジオの裏からは,甲山と六甲山が見えた。声を向いの谷に放り投げてみた。それから空気を、甲山まで投げてみた。そして指と腕で六甲山をなぞってみたり,雲をなぞってみたり。スタジオへ戻ってからは,ペットボトルのワークもやってみた。普段バレエやコンテンポラリーダンスのレッスンをしている彼女たちにとっては、相当変わったワークだっただろうなあ。それでも興味津々でやってくれた。みんなありがとう。公演の成功を祈っています。
ペットボトルをからだに載せるワークの写真です。
2013年10月10日木曜日
屋上即興 (31/08/2010)
8月21日
みんぱくでも一緒に踊ったYangjahさんとミュージシャンのJerry Gordonさんが主催する「屋上即興 Rooftop Improvisation」に参加。アメリカ村のど真ん中のビルの屋上からは,ムアッとする空気の向こうに月が見えていました。本間直樹さんが映像をYou Tubeに、写真家のJean-Yves Terreaultさんが写真をアップしてくれています。
写真家のJean-Yves Terreaultさんの写真
1枚目の写真を見ると,ゆったり踊っているように見えるんだけど,映像で見るとほんの一瞬です。写真家の視点,写真のおもしろさ。
http:// www.ter ophoto. com/Rec ent-Pro jects/R ooftop- Improvi sations -10-08/ 1347161 9_rWPfQ #980978 508_t4S AV
JerryさんとアコーディオンのRyotaroさんとの即興。みんなとは初対面でした。
この日は,出演メンバーをグループに分けて,何通りかやりました。このセッションだけでも30分以上ありましたが,例のごとく本間さんが、ここぞという10分を切り取ってくれました。編集はしていないのです。
http://www.youtube.com/watch?v=vdrlqI49OVk#t=11
こちらは、最後のセッション。創作楽器のCharles-Eric Billardさんとお琴の今西玲子 さんと。最後の方で,JerryさんとYangjahさんも加わってきます。この日は,Won Jiksuさんも来ていました。彼とは,以前に京都文化博物館で伊藤愛子さんと3人でパフォーマンスをしたことがあります。この日のウォンさんの即興も最高でした。それと、映像にはないんですが,お客さんも即興で参加してくれました。後で聞くとくらげさんというダンサーで,クラゲダンスをふたりで熱演しました。
http://www.youtube.com/watch?v=B8NdPz6cljs
YangjahさんとJerryさんとは、次は9月19日に天神橋7丁目にある「アートセントー」でやります。
みんぱくでも一緒に踊ったYangjahさんとミュージシャンのJerry Gordonさんが主催する「屋上即興 Rooftop Improvisation」に参加。アメリカ村のど真ん中のビルの屋上からは,ムアッとする空気の向こうに月が見えていました。本間直樹さんが映像をYou Tubeに、写真家のJean-Yves Terreaultさんが写真をアップしてくれています。
写真家のJean-Yves Terreaultさんの写真
1枚目の写真を見ると,ゆったり踊っているように見えるんだけど,映像で見るとほんの一瞬です。写真家の視点,写真のおもしろさ。
http://
JerryさんとアコーディオンのRyotaroさんとの即興。みんなとは初対面でした。
この日は,出演メンバーをグループに分けて,何通りかやりました。このセッションだけでも30分以上ありましたが,例のごとく本間さんが、ここぞという10分を切り取ってくれました。編集はしていないのです。
http://www.youtube.com/watch?v=vdrlqI49OVk#t=11
こちらは、最後のセッション。創作楽器のCharles-Eric Billardさんとお琴の今西玲子 さんと。最後の方で,JerryさんとYangjahさんも加わってきます。この日は,Won Jiksuさんも来ていました。彼とは,以前に京都文化博物館で伊藤愛子さんと3人でパフォーマンスをしたことがあります。この日のウォンさんの即興も最高でした。それと、映像にはないんですが,お客さんも即興で参加してくれました。後で聞くとくらげさんというダンサーで,クラゲダンスをふたりで熱演しました。
http://www.youtube.com/watch?v=B8NdPz6cljs
YangjahさんとJerryさんとは、次は9月19日に天神橋7丁目にある「アートセントー」でやります。
2013年8月27日火曜日
つながっているお知らせ (30/08/2010)
8月29日
大阪本町のインドネシアレストラン「チタチタ」でのインドネシア語のレッスンを終えて、船場アートカフェへ。8時間近くしゃべりっぱなしで頭と口のブレーキが緩んでいる。久しぶりにバリ舞踊の大西由希子さんと会う。最近思っているダンスのことをお互いにいろいろ話し,その後でからだを一緒に動かしてみた。10月に、大西さんは「石の花」という舞台を主催するんだけど,それについての相談を受ける。
来週は,蚊取り線香のケムリを使ってふたりでダンスの練習をすることにした。
・・・ ・・・
マルガサリが作曲を委嘱している三輪眞弘さんの本が出た。ガムランとダンスのための作品「愛の讃歌」についても書かれている。架空の民族音楽や宗教を生み出したり,演算を楽譜やダンス譜にしたりすることから、ダンスや音楽を作る三輪さん。コンピュータを駆使しながらも、からだにこだわる三輪さん。そして、ジャワの音楽やダンスをしながらも、そこに音楽やダンスの種を見つけて,風に乗せて別の土地で芽を出せないかと試みているマルガサリ。読むべし。なんと坂本龍一と中沢新一がでかでかと推薦文を書いている。
三輪眞弘音楽藝術 全思考 一九九八-二〇一〇
作者: 三輪眞弘
出版社/メーカー: アルテスパブリッシング
発売日: 2010/08/20
http:// www.art espubli shing.c om/blog /2010/0 8/03-72 6
・・・ ・・・
マルガサリのメンバーで、僕の映像もいろいろ撮ってくれている本間直樹さんの本が出る。2010年9月2日発行と書いているので,出来たて前のアツアツ。本間さんの専門は哲学は哲学でも、リンショウテツガク。鷲田清一さんのこんな文章で本は始まっている。
終わりなき途上で ー 臨床哲学という試み
「倫理学」講座という看板を「臨床哲学」教室へと書き換えて、もう十年以上になる。そのときすぐにでも「臨床哲学宣言」なるものを世に問うべきであったかもしれない。が、「臨床哲学」としての一歩を踏みだすときに、わたしたちに共通に見えていたのは,たぶん、大学という場所におけるこれまでの哲学研究・哲学教育のあり方への疑問,というより半煮えの苛立だけであった。
(つづく)
ドキュメント
臨床哲学
鷲田清一 監修
本間直樹・中岡成文 編
大阪大学出版
・・・ ・・・
I-Picnicを一緒にやっている作曲家の野村誠さんが、「プールの音楽会」というコンサートを愛知トリエンナーレでやったみたい。「湯気のダンス」、「水のダンス」、「ケムリのダンス」をやっている僕は、もちろん気になるわけです。この音楽は,きっとダンスでもあったのだと想像されます。野村さんとは、9月に我が家の付近で即興パフォーマンスと撮影を行うことになりそうです。
野村誠さんのブログ
http:// d.haten a.ne.jp /makoto nomura/ 2010082 8#p1
ニュースにもなっています
http:// www.asa hi.com/ nationa l/updat e/0829/ NGY2010 0829001 6.html
・・・ ・・・
いろいろ情報でした。どこかでつながっているようなニュース。
大阪本町のインドネシアレストラン「チタチタ」でのインドネシア語のレッスンを終えて、船場アートカフェへ。8時間近くしゃべりっぱなしで頭と口のブレーキが緩んでいる。久しぶりにバリ舞踊の大西由希子さんと会う。最近思っているダンスのことをお互いにいろいろ話し,その後でからだを一緒に動かしてみた。10月に、大西さんは「石の花」という舞台を主催するんだけど,それについての相談を受ける。
来週は,蚊取り線香のケムリを使ってふたりでダンスの練習をすることにした。
・・・ ・・・
マルガサリが作曲を委嘱している三輪眞弘さんの本が出た。ガムランとダンスのための作品「愛の讃歌」についても書かれている。架空の民族音楽や宗教を生み出したり,演算を楽譜やダンス譜にしたりすることから、ダンスや音楽を作る三輪さん。コンピュータを駆使しながらも、からだにこだわる三輪さん。そして、ジャワの音楽やダンスをしながらも、そこに音楽やダンスの種を見つけて,風に乗せて別の土地で芽を出せないかと試みているマルガサリ。読むべし。なんと坂本龍一と中沢新一がでかでかと推薦文を書いている。
三輪眞弘音楽藝術 全思考 一九九八-二〇一〇
作者: 三輪眞弘
出版社/メーカー: アルテスパブリッシング
発売日: 2010/08/20
http://
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マルガサリのメンバーで、僕の映像もいろいろ撮ってくれている本間直樹さんの本が出る。2010年9月2日発行と書いているので,出来たて前のアツアツ。本間さんの専門は哲学は哲学でも、リンショウテツガク。鷲田清一さんのこんな文章で本は始まっている。
終わりなき途上で ー 臨床哲学という試み
「倫理学」講座という看板を「臨床哲学」教室へと書き換えて、もう十年以上になる。そのときすぐにでも「臨床哲学宣言」なるものを世に問うべきであったかもしれない。が、「臨床哲学」としての一歩を踏みだすときに、わたしたちに共通に見えていたのは,たぶん、大学という場所におけるこれまでの哲学研究・哲学教育のあり方への疑問,というより半煮えの苛立だけであった。
(つづく)
ドキュメント
臨床哲学
鷲田清一 監修
本間直樹・中岡成文 編
大阪大学出版
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I-Picnicを一緒にやっている作曲家の野村誠さんが、「プールの音楽会」というコンサートを愛知トリエンナーレでやったみたい。「湯気のダンス」、「水のダンス」、「ケムリのダンス」をやっている僕は、もちろん気になるわけです。この音楽は,きっとダンスでもあったのだと想像されます。野村さんとは、9月に我が家の付近で即興パフォーマンスと撮影を行うことになりそうです。
野村誠さんのブログ
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ニュースにもなっています
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いろいろ情報でした。どこかでつながっているようなニュース。
鳥の劇場 喫茶店のダンサー (12/08/2010)
8月11日
大阪大学コミュニケーションデザインセンターの本間さんの新車アルファロメオで、奈良養護学校へ向かった。体育館へ入ってくと,たんぽぽの家のスタッフがほぼ全員そろっていた。中央には,鳥の劇場の中島さんとおぼしき人が腰に手をおいて,細身のからだに白いシャツを来て、眼鏡の奥に微笑みをたたえて立っていた。どうやら、5人ほどのグループに分かれて,喫茶店の小芝居をしているようだった。木曜日のガムランワークショップに参加している小松さんが、寝転んで熱演しているところだった。後で聞くと,「喫茶すべる」という店で,常連以外はすべって転んでしまう店なのだと言う。なんとそそる設定か。
喫茶店の小芝居に続いては,泥棒学校という加古里子さんの絵本の一部をグループごとに演じるというワーク。たんぽぽのスタッフは,自らも歌を歌ったり,芝居をしたり,美術をしたりという多才な人が多い。その一癖も二癖もある面々が、ちょっと斜に構えたり、混ぜ返したりしながらも,中島さんの言うことを聞いて、エンジョイしていた。集団でなにかを作り出す喜びなのかな。自分を見つめ直すダンスのワークショップとは違う雰囲気だった。犬走りの上の窓は大きく開かれ,黒いカーテンが気持ち良さそうに舞っていた。みんなで、中島さんのお土産の鳥取のスイカを食べた。
昼休憩を挟んで、5時間近いワークショップを終えて,たんぽぽの家へ戻った。2階のミーティングルームでホットコーヒーをいただく。メンバーは,たんぽぽの家の播磨さん,森下さん、井尻さん,北田さん、鳥の劇場の中島さん、斉藤さん,村上さん,演劇人の森永さん,そして、本間さんと僕。「言語から身振りへ」研究会が主催して,演劇のワークショップを行い,そしてそれについて振り返るというのが、今日の趣旨。
この日のワークショップには、いくつかの明確な意図があった。見えないエネルギーのやりとり、キャラクターを演じることによって普段と違った生き生きとした存在になる,からだを通して人に読ませる表現にチャレンジする,あるいはその表現を読むことにチャレンジする、などなど。その意図通り,ワークショップの場は、生き生きとした場になった。しかし、研究会が目指すことは、その先のことである。プロのアーティストが参加する限定されたワークショップをより多く人に伝えることができるのかどうか,一見ケアと関係の無いように思えるアートが実はケアと深く結びついているんじゃないかということを探る,などである。
夜の高速道路でアルファロメオを運転させてもらった。セミオートマの癖を探りながら,本間さんといろいろと話した。中島さんは、フィクションが作った集中の共有を観客に見せるのが演劇であり,そのフィクションや物語を作るには,人のからだを読ませたり、読んだりするのを前提とする意味や言葉の共有が必要であると。では、ダンスはどうなのかと。僕も,目に見えにくいものを観客と共有することは、ダンスにおいて大切なことだと思う。それを共有するためには,ダンサーの自然なからだの動き、あるいは感覚が必要となる。特に、重力やからだの構造に即したそうでしかありようのない動き。ここから外れて行くと,見る方はついて行くのが困難になって行く。ダンサーが勝手に動いて行く感じ。表現者と観客が持っているなんらかの共有をよりどころにしているのは、共通する部分である。また逆に言えば,意味や言葉の芸術と動きや感覚の芸術といった違い。ダンスには意味や意図が不明瞭なことも含まれる。時には無意識やトランスも含まれる。簡単に断ずることは出来ないけれど,僕が湯気と踊ったり,言葉が通じにくい人とダンスすることに喜びを感じるのは,そんなことが関係しているのかもしれない。車は渋滞を抜けて,本間さんのマンションに到着した。
8月12日
明け方、猛烈な風と雨で目が覚めた。強烈なシャワーに,家も森も田んぼも洗われるようだった。警報が出たので,いろいろと予定が変わった。明日会う予定だった砂連尾さんに電話すると、今日でも会えるというので、豊中の丘の見える喫茶店で会った。砂連尾さんは、舞台で大掛かりなセットや照明の中で作品発表をすることに違和感を感じているようだ。それで、僕がやっている炊飯器の湯気でダンスしたりするのに興味が湧いているとのこと。僕が,どうしてそんなことをするようになったのかを、考えながらゆっくりとしゃべった。自分自身も、整理されたり,発見したりすることがあった。
砂連尾さんは、現在伊丹のアイホールでダンスの制作をしているとのこと。そこに参加している人に,一度ワークショップをして欲しい,という依頼だった。それから、その後も、なにか一緒にやりたいね,という話。あせらず、何度も会って話をしたり,からだを動かしたりしてすすめたいなあ、と。
大阪大学コミュニケーションデザインセンターの本間さんの新車アルファロメオで、奈良養護学校へ向かった。体育館へ入ってくと,たんぽぽの家のスタッフがほぼ全員そろっていた。中央には,鳥の劇場の中島さんとおぼしき人が腰に手をおいて,細身のからだに白いシャツを来て、眼鏡の奥に微笑みをたたえて立っていた。どうやら、5人ほどのグループに分かれて,喫茶店の小芝居をしているようだった。木曜日のガムランワークショップに参加している小松さんが、寝転んで熱演しているところだった。後で聞くと,「喫茶すべる」という店で,常連以外はすべって転んでしまう店なのだと言う。なんとそそる設定か。
喫茶店の小芝居に続いては,泥棒学校という加古里子さんの絵本の一部をグループごとに演じるというワーク。たんぽぽのスタッフは,自らも歌を歌ったり,芝居をしたり,美術をしたりという多才な人が多い。その一癖も二癖もある面々が、ちょっと斜に構えたり、混ぜ返したりしながらも,中島さんの言うことを聞いて、エンジョイしていた。集団でなにかを作り出す喜びなのかな。自分を見つめ直すダンスのワークショップとは違う雰囲気だった。犬走りの上の窓は大きく開かれ,黒いカーテンが気持ち良さそうに舞っていた。みんなで、中島さんのお土産の鳥取のスイカを食べた。
昼休憩を挟んで、5時間近いワークショップを終えて,たんぽぽの家へ戻った。2階のミーティングルームでホットコーヒーをいただく。メンバーは,たんぽぽの家の播磨さん,森下さん、井尻さん,北田さん、鳥の劇場の中島さん、斉藤さん,村上さん,演劇人の森永さん,そして、本間さんと僕。「言語から身振りへ」研究会が主催して,演劇のワークショップを行い,そしてそれについて振り返るというのが、今日の趣旨。
この日のワークショップには、いくつかの明確な意図があった。見えないエネルギーのやりとり、キャラクターを演じることによって普段と違った生き生きとした存在になる,からだを通して人に読ませる表現にチャレンジする,あるいはその表現を読むことにチャレンジする、などなど。その意図通り,ワークショップの場は、生き生きとした場になった。しかし、研究会が目指すことは、その先のことである。プロのアーティストが参加する限定されたワークショップをより多く人に伝えることができるのかどうか,一見ケアと関係の無いように思えるアートが実はケアと深く結びついているんじゃないかということを探る,などである。
夜の高速道路でアルファロメオを運転させてもらった。セミオートマの癖を探りながら,本間さんといろいろと話した。中島さんは、フィクションが作った集中の共有を観客に見せるのが演劇であり,そのフィクションや物語を作るには,人のからだを読ませたり、読んだりするのを前提とする意味や言葉の共有が必要であると。では、ダンスはどうなのかと。僕も,目に見えにくいものを観客と共有することは、ダンスにおいて大切なことだと思う。それを共有するためには,ダンサーの自然なからだの動き、あるいは感覚が必要となる。特に、重力やからだの構造に即したそうでしかありようのない動き。ここから外れて行くと,見る方はついて行くのが困難になって行く。ダンサーが勝手に動いて行く感じ。表現者と観客が持っているなんらかの共有をよりどころにしているのは、共通する部分である。また逆に言えば,意味や言葉の芸術と動きや感覚の芸術といった違い。ダンスには意味や意図が不明瞭なことも含まれる。時には無意識やトランスも含まれる。簡単に断ずることは出来ないけれど,僕が湯気と踊ったり,言葉が通じにくい人とダンスすることに喜びを感じるのは,そんなことが関係しているのかもしれない。車は渋滞を抜けて,本間さんのマンションに到着した。
8月12日
明け方、猛烈な風と雨で目が覚めた。強烈なシャワーに,家も森も田んぼも洗われるようだった。警報が出たので,いろいろと予定が変わった。明日会う予定だった砂連尾さんに電話すると、今日でも会えるというので、豊中の丘の見える喫茶店で会った。砂連尾さんは、舞台で大掛かりなセットや照明の中で作品発表をすることに違和感を感じているようだ。それで、僕がやっている炊飯器の湯気でダンスしたりするのに興味が湧いているとのこと。僕が,どうしてそんなことをするようになったのかを、考えながらゆっくりとしゃべった。自分自身も、整理されたり,発見したりすることがあった。
砂連尾さんは、現在伊丹のアイホールでダンスの制作をしているとのこと。そこに参加している人に,一度ワークショップをして欲しい,という依頼だった。それから、その後も、なにか一緒にやりたいね,という話。あせらず、何度も会って話をしたり,からだを動かしたりしてすすめたいなあ、と。
ジョグジャスピリッツ (05/08/2010)
7月25日から8月3日
インドネシアのジョグジャカルタにあるSLB 3 (Sekolah Luar Biasa 特別支援学校)で4日間ワークショップを行った。日本から参加したのは,ダンスの僕,美術の池上純子さん、犬飼美也妃さん、川本哲慎さん、遅れて到着の音楽の中川真さん、阪大のグループダイナミクスの諏訪晃一さんと学生の秋山浩太さん。ジョグジャ側は,ISI Yogya(インドネシア芸術大学ジョグジャ校)が協力してくれた。27日に,ISIの学生とともに,SLB 3へ。校長先生と担当のカルラ先生が迎えてくれる。こちらのワークショップの意図を説明する。障がいある人の芸術の可能性と共同作業がしたい、ということ。
学校側は,聴覚障害の生徒10人を対象にしていた。事前に、ISIのジョハンさんを通じて、僕たちが知的障害の人たちと共同作業をしていることは伝えていたのだけど・・・。あらためて、いろんな障がいを持つ人とやってみたいと説明すると,ダウン症、視覚障害、下肢に障害のある5人も参加することになった。1日目は,とにかくまずは仲良くなることを目指して,ダンスで接近した。視覚障害の男子5名の中学生は、このメンバーでずっと一緒にからだでコミュニケーションをとって来たのだろう。5人がひとつの生き物のようだ。
3回のワークショップを通じて,ダンスの種,手話をヒントにしたダンスやコミュニケーション法をいろいろと開発した。美術のワークショップを通じて,コスチュームと舞台のバックグラウンドもできた。4日目の最終日に流れを考えた。ある程度の構成を取りながらも,その場その時に感じることを大切にする流れ。即興性をいかに残すかということに、いつも苦労するのだけど,ここが肝要だ。常に、感じながら動いたり,音を奏でること。なんとかかんとか、リハーサルが終了。
独立した部分としては,
ダウン症のインダと佐久間のダンス
聴覚障害男子5人と佐久間の群舞
美也妃さんと聴覚障害のリンダとの通じにくい手話のコミュニケーション
真さんと視覚障害のリサとの太鼓デュオ
下肢障害のリサのキーボードソロ
など。
それに、
手話を元にしたダンスを使った即興
昆布ダンス
波ダンス
といった全員のシーン。
31日夜
美術の3人が作ったインタレーション展のオープニング。王宮の南広場に近いISIの大学院キャンパスの中庭が会場だ。副学長の挨拶に先だって,なぜか僕もあいさつをすることに。芸術は、目に見えにくいけど、耳に聞こえにくいけど大切なものを表現している。障がいある人は、からだを通じて常にこのことに立ち向かっているので,彼らの表現はおもしろいのだ、ということを伝えた。
挨拶が終わって,蒸しトウモロコシ,バナナ,茹でピーナッツなどの軽食タイムになると,なんだかんだと人が増えてきた。2003年から長期留学中の金属造形の聖子さんやワヤン研究のゆうさんも見に来てくれた。美也妃さん、純子さんが自らのインスタレーションとのパフォーマンスをした。川本さんが篳篥で加わった。その後で,僕は即興のダンスをした。インスタレーションや木々や空や観客を感じてのダンス。ISIの学生の作品に絡んでると、柔らかな女性のシルエットが目に入った。飛び入りダンサーだ。しばらくするともうひとりの男性ダンサーが入ってきた。3人で空気を感じながら踊った。最後は、美也妃さんの作品の米粒を拾って,空に放り投げた。
1996年の夏に、ダルマブダヤがインドネシアツアーを行った。僕は,留学中で1年が経過したところだった。ジョグジャのプルナ・ブダヤ(文化センター)での公演中,真さんが舞台袖にいた僕に向かって,「踊れ!」と叫んだ。即興ダンスなんてしたことのなかったけれど僕は,ジーパン姿で思わず舞台の飛び出て,汗だくになって,身もだえた。すると、長髪の男性が飛び出てきたのだった。すきあらば、踊るのがジョグジャスピリッツか!
1日
創造音楽祭が始まった。ジョハンさんが企画しているフェスティバルで、楽器にとらわれずに生活用品なども取り入れながら、先生や芸術家がリーダーとなって小学生と新しい音楽を作る試み。今年が第2回。留学当時からの友人ちのさんと息子も見に来てくれた。SLB 3と僕たちはゲスト出演をした。小学生5団体の後に,20分ほどの公演をした。当日急に休んだ人もいたりで,少しドキッとした場面も会ったが,みんなのびのびと楽しんでくれたように思う。
公演後、弁当を食べながら、音楽療法のジョハンさん、芸術高校校長でダンスのスナルディさん、現代音楽の作曲家のアスモロさん,美術家でコミュニティアートのオンさんといったメンバーであれこれ話した。即興に対する日本とジャワでの捉え方の違い,インドネシアの芸術教育について,生活用品を音楽に使う必然性や疑問について,などなど有意義な話し合い。
翌日の早朝には帰国。いつもながらジェットコースターの旅。
今回ジョグジャで食べたもの一部ですが・・・
クイチャウ・ゴレン(焼ききしめん)@プジョクスマン舞踊団の近く中華Terang Mulyo(おばあさんがひとりで鍋を振り続けている)
イカと鳥のカレー風煮物、揚げなすびなど(パダン料理)@プジョクスマン舞踊団の近くパダン料理Duta Minang(ちょっと高いがジョグジャでは本格的な部類)
ソト・サピ(牛肉のさっぱりスープとご飯)@パタン・プルハン通りのパ・マルト(有名店の本店 安くて手堅くおいしい)
カニのメダンソース、茹で鳥、アスパラとコーンのスープ、フヨウハイ、カイランの炒めなど@メリアホテル近くの中華レザット(行きつけの名店 最近は紹興酒が飲める!みたい)
ナシ・グドゥ(ジョグジャ名物ジャックフルーツの煮物)@クラトン近くのウィジラン通り(お気に入りのユ・ジュンはご飯売り切れだった、残念!)
ペンネのパスタ、本格ピザ@ティルト・ディプラン通りK's Meal(フランス人コックがいた ジョグジャではあり得ない水準!)
ビーフン・ゴレン(焼きビーフン)@ティルト・ディプラン通りクダイ・クブン(味はまあまあ。美術の情報収集のついでに。テアトル・ガラシのダンサーと偶然出会う。)
グラメ・バカール(淡水魚の照り焼き風)@IKIP PGRI近くのシーフードレストラン(池の上の水上レストラン)
などなど、おいしくいただきました。今回は,早朝に家を出ると,夜中まで帰れませんでした。ほんとは家庭料理が一番なんですが・・・。
そうそう、秋には、ISI Yogyaとの共同コンサートが9月18日に河内長野のラブリーホールで,Kratonとの共演が10月10日に立命館大学であります。その打ち合わせも行いました。また、お知らせいたします。
インドネシアのジョグジャカルタにあるSLB 3 (Sekolah Luar Biasa 特別支援学校)で4日間ワークショップを行った。日本から参加したのは,ダンスの僕,美術の池上純子さん、犬飼美也妃さん、川本哲慎さん、遅れて到着の音楽の中川真さん、阪大のグループダイナミクスの諏訪晃一さんと学生の秋山浩太さん。ジョグジャ側は,ISI Yogya(インドネシア芸術大学ジョグジャ校)が協力してくれた。27日に,ISIの学生とともに,SLB 3へ。校長先生と担当のカルラ先生が迎えてくれる。こちらのワークショップの意図を説明する。障がいある人の芸術の可能性と共同作業がしたい、ということ。
学校側は,聴覚障害の生徒10人を対象にしていた。事前に、ISIのジョハンさんを通じて、僕たちが知的障害の人たちと共同作業をしていることは伝えていたのだけど・・・。あらためて、いろんな障がいを持つ人とやってみたいと説明すると,ダウン症、視覚障害、下肢に障害のある5人も参加することになった。1日目は,とにかくまずは仲良くなることを目指して,ダンスで接近した。視覚障害の男子5名の中学生は、このメンバーでずっと一緒にからだでコミュニケーションをとって来たのだろう。5人がひとつの生き物のようだ。
3回のワークショップを通じて,ダンスの種,手話をヒントにしたダンスやコミュニケーション法をいろいろと開発した。美術のワークショップを通じて,コスチュームと舞台のバックグラウンドもできた。4日目の最終日に流れを考えた。ある程度の構成を取りながらも,その場その時に感じることを大切にする流れ。即興性をいかに残すかということに、いつも苦労するのだけど,ここが肝要だ。常に、感じながら動いたり,音を奏でること。なんとかかんとか、リハーサルが終了。
独立した部分としては,
ダウン症のインダと佐久間のダンス
聴覚障害男子5人と佐久間の群舞
美也妃さんと聴覚障害のリンダとの通じにくい手話のコミュニケーション
真さんと視覚障害のリサとの太鼓デュオ
下肢障害のリサのキーボードソロ
など。
それに、
手話を元にしたダンスを使った即興
昆布ダンス
波ダンス
といった全員のシーン。
31日夜
美術の3人が作ったインタレーション展のオープニング。王宮の南広場に近いISIの大学院キャンパスの中庭が会場だ。副学長の挨拶に先だって,なぜか僕もあいさつをすることに。芸術は、目に見えにくいけど、耳に聞こえにくいけど大切なものを表現している。障がいある人は、からだを通じて常にこのことに立ち向かっているので,彼らの表現はおもしろいのだ、ということを伝えた。
挨拶が終わって,蒸しトウモロコシ,バナナ,茹でピーナッツなどの軽食タイムになると,なんだかんだと人が増えてきた。2003年から長期留学中の金属造形の聖子さんやワヤン研究のゆうさんも見に来てくれた。美也妃さん、純子さんが自らのインスタレーションとのパフォーマンスをした。川本さんが篳篥で加わった。その後で,僕は即興のダンスをした。インスタレーションや木々や空や観客を感じてのダンス。ISIの学生の作品に絡んでると、柔らかな女性のシルエットが目に入った。飛び入りダンサーだ。しばらくするともうひとりの男性ダンサーが入ってきた。3人で空気を感じながら踊った。最後は、美也妃さんの作品の米粒を拾って,空に放り投げた。
1996年の夏に、ダルマブダヤがインドネシアツアーを行った。僕は,留学中で1年が経過したところだった。ジョグジャのプルナ・ブダヤ(文化センター)での公演中,真さんが舞台袖にいた僕に向かって,「踊れ!」と叫んだ。即興ダンスなんてしたことのなかったけれど僕は,ジーパン姿で思わず舞台の飛び出て,汗だくになって,身もだえた。すると、長髪の男性が飛び出てきたのだった。すきあらば、踊るのがジョグジャスピリッツか!
1日
創造音楽祭が始まった。ジョハンさんが企画しているフェスティバルで、楽器にとらわれずに生活用品なども取り入れながら、先生や芸術家がリーダーとなって小学生と新しい音楽を作る試み。今年が第2回。留学当時からの友人ちのさんと息子も見に来てくれた。SLB 3と僕たちはゲスト出演をした。小学生5団体の後に,20分ほどの公演をした。当日急に休んだ人もいたりで,少しドキッとした場面も会ったが,みんなのびのびと楽しんでくれたように思う。
公演後、弁当を食べながら、音楽療法のジョハンさん、芸術高校校長でダンスのスナルディさん、現代音楽の作曲家のアスモロさん,美術家でコミュニティアートのオンさんといったメンバーであれこれ話した。即興に対する日本とジャワでの捉え方の違い,インドネシアの芸術教育について,生活用品を音楽に使う必然性や疑問について,などなど有意義な話し合い。
翌日の早朝には帰国。いつもながらジェットコースターの旅。
今回ジョグジャで食べたもの一部ですが・・・
クイチャウ・ゴレン(焼ききしめん)@プジョクスマン舞踊団の近く中華Terang Mulyo(おばあさんがひとりで鍋を振り続けている)
イカと鳥のカレー風煮物、揚げなすびなど(パダン料理)@プジョクスマン舞踊団の近くパダン料理Duta Minang(ちょっと高いがジョグジャでは本格的な部類)
ソト・サピ(牛肉のさっぱりスープとご飯)@パタン・プルハン通りのパ・マルト(有名店の本店 安くて手堅くおいしい)
カニのメダンソース、茹で鳥、アスパラとコーンのスープ、フヨウハイ、カイランの炒めなど@メリアホテル近くの中華レザット(行きつけの名店 最近は紹興酒が飲める!みたい)
ナシ・グドゥ(ジョグジャ名物ジャックフルーツの煮物)@クラトン近くのウィジラン通り(お気に入りのユ・ジュンはご飯売り切れだった、残念!)
ペンネのパスタ、本格ピザ@ティルト・ディプラン通りK's Meal(フランス人コックがいた ジョグジャではあり得ない水準!)
ビーフン・ゴレン(焼きビーフン)@ティルト・ディプラン通りクダイ・クブン(味はまあまあ。美術の情報収集のついでに。テアトル・ガラシのダンサーと偶然出会う。)
グラメ・バカール(淡水魚の照り焼き風)@IKIP PGRI近くのシーフードレストラン(池の上の水上レストラン)
などなど、おいしくいただきました。今回は,早朝に家を出ると,夜中まで帰れませんでした。ほんとは家庭料理が一番なんですが・・・。
そうそう、秋には、ISI Yogyaとの共同コンサートが9月18日に河内長野のラブリーホールで,Kratonとの共演が10月10日に立命館大学であります。その打ち合わせも行いました。また、お知らせいたします。
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