奈良のたんぽぽの家でガムランと舞踊(身体表現)のワークショップを続けて、もうすぐ1年になる。先週は、いつものスタジオから出て、中庭で行った。
月が上っていた。上を見あげた。ゆっくりと見あげた。
杉の木が生えていた。形のいい、左右のバランスが取れた枝振りだ。木の全体を見渡せるところまで下がってみる。
両手で枝をなぞっていく。ゆっくりと梢までなぞっていく。両手が出会う。幹に沿って、ゆっくりと下ろしていく。
木と少し仲良くなって、背筋も伸びたように感じる。
駐車場の横に坂道があった。左右に壁があり、音が反響する。踏み出す毎にビンビン反響する。
今度は坂道をゆっくり音が鳴らないように上がってみた。そおーと、抜き足、差し足で上がってみた。全身の神経を張り巡らして、忍び足で歩く。
ザザッ と砂が鳴る。
アウト。
木曜日、スペース天の練習に行くと、マルガサリのYさんと二人だった。太鼓を叩いていた。休憩がてら、ちょっと身体を動かしてみた。半分まで飲んだペットボトルを横にして、両手の手のひらに置く。なるべく最小限の動きで、タップンタップンさせる。出来れば、同じような音が鳴るように、タップンタップンさせる。自分の力と水の揺れる重みを同調させる。ここまでは、前にもやってみた。
今日は、ここから、もう少ししみじみやってみた。
ちょっと短いもの。500ミリリットルのもの。2リットルのもの。
タップンタップンだけでなく、トップントップン、ドポン、ズブン、といろんな音が鳴る。そういえば、ガムランで使う中太鼓(チブロン)の音は、川で水遊びをしている音がヒントになっているという。しみじみ続けていると、なんがか心が落ち着いてきた。
だいぶとしみじみやってみて、今度はペットボトルを頭に載せてみた。落ちないように、歩いてみた。居心地がいい。くるりと回ってみたり、ちょっと早足で歩いたり。止まって、ゆっくりと腰を落としていく。ジャワ舞踊の感じだ。そこから、ゆっくりとさらに寝ころんでみた。ペットボトルはまだ落ちない。
日曜日、フェニックスのコンサートで三輪さんの作品で踊ったふたりと練習をした。ペットボトルの続きをやってみた。Hさんは頭に乗せて、落ちるか落ちないかの境目を探っている。Oさんは座って、さらに寝ころんで、さらにそこからペットボトルを支点にぐるっと1周回るという技を編み出した。
横縞のバミューダパンツと横縞の長袖シャツを着たHさんの頭の上には、水玉のカルピスウォーターが、黒の上下を着たOさんの頭の上には濃い緑のお茶が載っていた。
今日は、京都芸術センターで、インド舞踊の野中さんとバリ舞踊の大西さんと打ち合わせをした。6月に一緒に公演をするのだ。
家に帰ると、去年碧水ホールの周辺でやった、インプロピクニックのDVDが野村幸弘さんから届いていた。
今年は、この上映会もやってみたいな。2歳のブナも映っていた。
2012年12月31日月曜日
愚かなカレー (2007/05/07)
子ども日はいい天気でした。ゆっくりと子供と遊びました。
まず、家の前の田んぼへ行きました。今年は水が少ないので、ようやく田んぼに水が張られ始めています。まだ、全体の半分くらいしか入っていません。水の入っていない田んぼには、鍬で大きなカーブが掘られてるのが見えます。小高い山から流れる小川を見ると、あちらこちらに土管やパイプが横へと引かれています。その土管の栓を開けたり、パイプにビニールの袋で塞いだりすることによって、水が上流から下流へと流れながら、左右の田んぼを満たしているようです。水路の一部は地中に隠れているので、不思議な感じがします。田んぼに引かれた曲線にゆっくりと水が入ってきます。土やアメンボがクルクル回っています。
そんな様子をふたりでゆっくり観察しました。青サギが風をすくいながら、水面スレスレを飛んでいきます。
午後からは、車で20分ほどの大阪府民牧場へ行きました。こどもの日なので大にぎわいですが、ごった返すと言うほどではありません。牧場の奥の方に、スキー場のような坂になった草っぱらがあります。上まで上ると300メートルぐらいはあるでしょうか。一気に上がると息が切れます。坂の一番上まで上がってくる家族はあまりいません。それでも数組のグループが上がってきています。そのうち、数人の子供がゴロゴロと、横たわって転げ始めました。
坂道のダンスです。
僕とブナももちろん、ゴロゴロ回り始めました。横回り、前転、後転、後ろ走り、横走り、普通走り、何をやっても愉快です。どんどん行くと止まらなくなってスライディング。裸足になって、何度も何度も坂道を往復しました。すっかり疲れました。言うまでもなく、イウィンさんは帽子をかぶって、木陰であきれて見ているだけです。
おい、ブナ。晩ご飯何にする?
カレー。甘いカレー。
ようし、決定。帰りにNOSE BOXで市販のカレールー甘口を買いました。子供ができるまではルーなんか使ったこと無かったのに・・・まあ、仕方がありません。
家に帰って、早速調理開始。油を温め、香辛料(シナモン、カルダモン、クミン、クローブを少々)を投入し、タマネギみじん切りを加えます。しかし、この辺りで浅はかな邪念が湧いてきます。少しにしておいた香辛料をちょっと足した方がうまそうだなぁ、と。すこし、追加・・・
ニンニク、ショウガなども加え、ますますいい匂いがしてきます。この日は、イカを買ったので、これを投入。
その後、トマト缶なども投入。すっかりエスニックな感じになってうまそうです。最後に、しょうがないので甘口カレールーも投入。しばし煮込んで、完成。
いっただっきまーす。
僕とイウィンさんはバクバク食べます。ブナは、1口2口、ゆっくり食べています。そして、5分ほどして、
辛い〜・・・・
ガーン!
なんと愚かなお父さんだろう。自分の欲望に任せて、こどもの日に子供の食べられないカレーを作るなんて!急いで、鮭を焼いたり、野菜を炒めたり・・・
大失敗である。カレーは何度も作っているのですが、たまに香辛料の量を見誤ります。ごめんよブナ。しかし、早く一緒に辛いカレーが食べたいよう。
まず、家の前の田んぼへ行きました。今年は水が少ないので、ようやく田んぼに水が張られ始めています。まだ、全体の半分くらいしか入っていません。水の入っていない田んぼには、鍬で大きなカーブが掘られてるのが見えます。小高い山から流れる小川を見ると、あちらこちらに土管やパイプが横へと引かれています。その土管の栓を開けたり、パイプにビニールの袋で塞いだりすることによって、水が上流から下流へと流れながら、左右の田んぼを満たしているようです。水路の一部は地中に隠れているので、不思議な感じがします。田んぼに引かれた曲線にゆっくりと水が入ってきます。土やアメンボがクルクル回っています。
そんな様子をふたりでゆっくり観察しました。青サギが風をすくいながら、水面スレスレを飛んでいきます。
午後からは、車で20分ほどの大阪府民牧場へ行きました。こどもの日なので大にぎわいですが、ごった返すと言うほどではありません。牧場の奥の方に、スキー場のような坂になった草っぱらがあります。上まで上ると300メートルぐらいはあるでしょうか。一気に上がると息が切れます。坂の一番上まで上がってくる家族はあまりいません。それでも数組のグループが上がってきています。そのうち、数人の子供がゴロゴロと、横たわって転げ始めました。
坂道のダンスです。
僕とブナももちろん、ゴロゴロ回り始めました。横回り、前転、後転、後ろ走り、横走り、普通走り、何をやっても愉快です。どんどん行くと止まらなくなってスライディング。裸足になって、何度も何度も坂道を往復しました。すっかり疲れました。言うまでもなく、イウィンさんは帽子をかぶって、木陰であきれて見ているだけです。
おい、ブナ。晩ご飯何にする?
カレー。甘いカレー。
ようし、決定。帰りにNOSE BOXで市販のカレールー甘口を買いました。子供ができるまではルーなんか使ったこと無かったのに・・・まあ、仕方がありません。
家に帰って、早速調理開始。油を温め、香辛料(シナモン、カルダモン、クミン、クローブを少々)を投入し、タマネギみじん切りを加えます。しかし、この辺りで浅はかな邪念が湧いてきます。少しにしておいた香辛料をちょっと足した方がうまそうだなぁ、と。すこし、追加・・・
ニンニク、ショウガなども加え、ますますいい匂いがしてきます。この日は、イカを買ったので、これを投入。
その後、トマト缶なども投入。すっかりエスニックな感じになってうまそうです。最後に、しょうがないので甘口カレールーも投入。しばし煮込んで、完成。
いっただっきまーす。
僕とイウィンさんはバクバク食べます。ブナは、1口2口、ゆっくり食べています。そして、5分ほどして、
辛い〜・・・・
ガーン!
なんと愚かなお父さんだろう。自分の欲望に任せて、こどもの日に子供の食べられないカレーを作るなんて!急いで、鮭を焼いたり、野菜を炒めたり・・・
大失敗である。カレーは何度も作っているのですが、たまに香辛料の量を見誤ります。ごめんよブナ。しかし、早く一緒に辛いカレーが食べたいよう。
消防団初出動 (2007/04/26)
ブナが保育所に行きだして、地元社会との関わりも増してきました。僕の住んでいる集落は数十世帯が全員地元の人です。元々農家、あるいは現在も農家の家です。何百年も、聞くところによれば千年以上も、ここに住んでいる家系もあるそうです。そんなところなので、なかなか、「はいどうぞ・・・」と地元社会に入っていくことが出来ませんでした。この7年間、交流はありましたが、自治会などには参加していませんでした。
しかし、子供の保育所入所と前後して、民生委員の方と会ったり、消防団への加入を誘われたりで、徐々に地元の関わりが増してきました。まあ、煩わしくもあるのですが、ジャワのディープな地元つきあいにも慣れているので、むしろプラス面を多く感じます。
ジャワでは、月に1回開かれるアリサンという頼母子講や、毎晩のように行われるロンダという夜回りがあります。僕もジャワにいれば、参加します。慣れてしまえば楽しいものです。
4月15日に、豊能町吉川中学校の校庭で消防団の入退団式がありました。制服制帽をかぶっての本格的式典です。その前日、自宅にいると、サイレンが鳴って、消防車とパトカーがやってきました。家の目の前にある棚田の細道を消防自動車が上がっていきます。パトカーも右往左往しています。僕も自転車で駆けつけました。青年団も、ちょうど翌日の式典の準備で、ポンプ車を整備していたので、すぐに駆けつけました。
結局、椎茸の原木が少し燃えた程度でした。「焼き椎茸が出来た。」と冗談が言えるぐらいですみました。「入団式前に、出動したのは、君が始めてやな。」と笑われました。
しかし、子供の保育所入所と前後して、民生委員の方と会ったり、消防団への加入を誘われたりで、徐々に地元の関わりが増してきました。まあ、煩わしくもあるのですが、ジャワのディープな地元つきあいにも慣れているので、むしろプラス面を多く感じます。
ジャワでは、月に1回開かれるアリサンという頼母子講や、毎晩のように行われるロンダという夜回りがあります。僕もジャワにいれば、参加します。慣れてしまえば楽しいものです。
4月15日に、豊能町吉川中学校の校庭で消防団の入退団式がありました。制服制帽をかぶっての本格的式典です。その前日、自宅にいると、サイレンが鳴って、消防車とパトカーがやってきました。家の目の前にある棚田の細道を消防自動車が上がっていきます。パトカーも右往左往しています。僕も自転車で駆けつけました。青年団も、ちょうど翌日の式典の準備で、ポンプ車を整備していたので、すぐに駆けつけました。
結局、椎茸の原木が少し燃えた程度でした。「焼き椎茸が出来た。」と冗談が言えるぐらいですみました。「入団式前に、出動したのは、君が始めてやな。」と笑われました。
タケノコとオポル・アヤム (2007/04/12)
4月3日から、ブナが近所の、と言っても3キロぐらいは離れているが、公立の保育所に通っている。入園式から10日ほど過ぎた。おおよそ機嫌良く通っている。今週からは、朝から夕方までだ。こちらの仕事が不定期なので、早めに迎えに行く日もあるが・・・。
昨日は、「保育園って、毎日あるの?」と聞いてきた。
「そうだ、毎日だよ。高校生になるまで、ずっと毎日学校へ行くんだよ。」
考えてみれば、大変な生活が始まってしまったのだ。今日も、朝送って行った。9時から、タケノコ体操がある。運動場に広がって、子供達が元気に踊っている。保育所は0歳から通っている子もおり、4月から通い出したのは、ブナを含めて、50人中6人。44人はばっちり踊れるのだ。新入りの6人はうまく踊れない。
「クロノトペンだったら、ゴニュゴニョ・・・・」とか何とか言っている。「ブナは見とくは・・・」
と校庭の端に座っている。少し寂しそうだがいい顔だ。なんだか、学年が上がった時の自分の学校時代のことを思い出した。
ここのところ、家で、翻訳の仕事をしている。アチェの関するちょっとした論文で、なかなか面白い。昼までやって、イウィンさんの作ったオポル・アヤム(鳥のココナッツ煮)を食べた。揚げたピーナッツをご飯に散らして食べる。香ばしくてうまい。
あー、子供がいないって、こんなに静かだったか・・・と久しぶりに、一息ついた。
昨日は、「保育園って、毎日あるの?」と聞いてきた。
「そうだ、毎日だよ。高校生になるまで、ずっと毎日学校へ行くんだよ。」
考えてみれば、大変な生活が始まってしまったのだ。今日も、朝送って行った。9時から、タケノコ体操がある。運動場に広がって、子供達が元気に踊っている。保育所は0歳から通っている子もおり、4月から通い出したのは、ブナを含めて、50人中6人。44人はばっちり踊れるのだ。新入りの6人はうまく踊れない。
「クロノトペンだったら、ゴニュゴニョ・・・・」とか何とか言っている。「ブナは見とくは・・・」
と校庭の端に座っている。少し寂しそうだがいい顔だ。なんだか、学年が上がった時の自分の学校時代のことを思い出した。
ここのところ、家で、翻訳の仕事をしている。アチェの関するちょっとした論文で、なかなか面白い。昼までやって、イウィンさんの作ったオポル・アヤム(鳥のココナッツ煮)を食べた。揚げたピーナッツをご飯に散らして食べる。香ばしくてうまい。
あー、子供がいないって、こんなに静かだったか・・・と久しぶりに、一息ついた。
エイブルとノイズレス (2007/04/07)
木曜日、アイブルアートの冊子が届きました。前に日記で書いた細馬さんとの対談(インタビューされた)が乗っています。
写真も大きく載っている。こんなに大きい自分の名前の活字を見たのは初めてだ。
エイブルアートのこと、ジャワ舞踊のこと、その意外な接点のことを喋っています。少し、喋り足りない感じですが、紙数があるので仕方がない。もし、ご覧になりたい方があれば、メッセージを送って下されば、郵送いたします。プロジェクトのリポートなので、もちろん無料です。僕自身もエイブルアートの活動は、「さあトーマス」に限らずに続けたいと思っています。
今日は、京都近代美術館で鈴木昭男さんとユリウスさんの展覧会+パフォーマンスがありました。まっちゃんとイウィンさん+ブナで出かけました。会場は満員。しぶい組み合わせなのに・・・会場であった林加奈さんが「やっと時代がこんな表現を理解するのに追いついた、ということでは説明できないね。」と言っていて、横で肯きました。加奈さん以外にも、いろんな人にお会いしました。鈴木さんを取り囲む芸術を愛する人たちの同窓会のようでありました。パフォーマンスは素晴らしく。窓の外で、ライトに照らされる満開の桜、満員の観客のせいもあって、興奮しました。思わず踊り出してしまいそうでした。
終了後、イウィンさんに聞くと、ユリウスさんの音がやさしくて繊細で良かったと言っていました。
そういえば、今日の朝日新聞にフェニックスホールで行った「ガムラン コモンズ」の評が出ました。よろしければ、ご覧下さい。
写真も大きく載っている。こんなに大きい自分の名前の活字を見たのは初めてだ。
エイブルアートのこと、ジャワ舞踊のこと、その意外な接点のことを喋っています。少し、喋り足りない感じですが、紙数があるので仕方がない。もし、ご覧になりたい方があれば、メッセージを送って下されば、郵送いたします。プロジェクトのリポートなので、もちろん無料です。僕自身もエイブルアートの活動は、「さあトーマス」に限らずに続けたいと思っています。
今日は、京都近代美術館で鈴木昭男さんとユリウスさんの展覧会+パフォーマンスがありました。まっちゃんとイウィンさん+ブナで出かけました。会場は満員。しぶい組み合わせなのに・・・会場であった林加奈さんが「やっと時代がこんな表現を理解するのに追いついた、ということでは説明できないね。」と言っていて、横で肯きました。加奈さん以外にも、いろんな人にお会いしました。鈴木さんを取り囲む芸術を愛する人たちの同窓会のようでありました。パフォーマンスは素晴らしく。窓の外で、ライトに照らされる満開の桜、満員の観客のせいもあって、興奮しました。思わず踊り出してしまいそうでした。
終了後、イウィンさんに聞くと、ユリウスさんの音がやさしくて繊細で良かったと言っていました。
そういえば、今日の朝日新聞にフェニックスホールで行った「ガムラン コモンズ」の評が出ました。よろしければ、ご覧下さい。
ガムラン コモンズ (2007/03/31)
あっという間に日が経ってしまいました。日曜日に、フェニックスホールでコンサートをして、もう土曜日です。
来て下さった方々ありがとうございました。また、何人かの方々が感想を書いて下さいました。どうも、ありがとうございました。今後の糧として、ますますいい舞台を作っていきたいと思います。
おかげさまで、ホールは満員になりました。スタッフの方が楽屋の椅子まで持っていくほどの盛況でした。最後の演目、ラハルジョさん作曲の「GEMPA 地震」の終演後は、拍手が長く続き、3度のカーテンコールをしました。感激でした。
そのラハルジョさんは、3月16日に来日して以来、我が家ウロコ庵に滞在しました。我が家のブナもとてもかわいがってもらいました。普段は、あまりインドネシア語を話さないのですが、ラハルジョさんと遊んでもらいたい一心で、随分インドネシア語が上達しました。今週、木曜日キャセイ・パシフィックに乗って、香港経由で帰国しました。直前に、ガルーダの事故があったからです。結局は、ジャカルタからは問題の路線に乗るわけですが・・・
さて、コンサートですが、前半は古典曲2曲。後半、鈴木さん、三輪さん、ラハルジョさんの3作品。トータルで3時間に及ぶ長いコンサートでした。小暮さんのブログによると、終演は18時2分前だったそうです。前半、楽屋のいたのですが、前日のリハを聞いていると、1曲目のグンディン・ボナンの終盤でいよいよ音量が増してくると、やがてサロンとボナンの音が大きな渦巻きとなり、フェニックスホールの高い天井へと舞い上がっていくのが見えました。
実はこの曲で、僕は踊りたかったのですが、今回はじっくりガムランを聴いてもらおうと思ったり、いろいろ考えることがあり、踊りませんでした。しかし、いずれは、本来は舞踊曲ではないけれど、精神と身体が飛んでいって踊りそうになるこのタイプのガムラン曲でも踊りたいと思っています。
鈴木曲では、頭を剃って、懐かしい白のトレパンの上下姿でイウィンさんと一緒に踊りました。このトレパンは、阪急池田に駅前商店街にある由緒正しい「キタダ洋品店」で見つけました。なんだかジャワの百貨店を彷彿とさせる佇まいの店です。
この作品では、古代の儀式のように、ある特殊な能力を持った人が普通の人が感知できない微妙な信号をキャッチして、それを動きに変える。そして、それを美やダイナミックな動きとしてダンスに表し、人々を見入らせる(魅入らせる)。と、なかなかこんな風には行きませんが、そんなイメージを持って踊りました。
三輪作品では、僕は踊らず、HさんとOさんが踊りました。この二人と共に、三輪さんの作品からアイデアをもらい、ダンスを作っていきました。今回の三輪さんの作品は、2進法の演算が元になっています。ある法則だけがあり、それに則った運動が自己生成をくり返し、音楽を作り出していくという考えは、僕がジャワ舞踊に抱いているダンスの感覚とものすごく近いのです。
重力、遠心力を感じながら、
骨や筋肉の付き方を感じて、
音やその場の空気を信号として受け止めて、(但し記号的にではないブレーキの音、ポリタンクを叩く音、という風に聞くのではなく、音の揺らぎ、ニュアンスを聞き取り、そこに運動や方向性を感じる。)
他の人や物や場に気持ちやリズムを同調させて、
踊る。
こういったことを手がかりに、身体表現のワークショップをくり返して、作品を作っていきました。今回、試みのすべてを達成させることはできませんでしたが、三輪さんとの試みは今回がスタートで、これから始まるプロジェクトなのです。その第1段階として、今回のコンサートがありました。次は、9月の碧水ホールで続編を公演します。
ラハルジョ作品。地震になって踊りました。Oさんからは、「桃太郎」に引き続き「不穏なダンス」が素晴らしいというコメントをいただきました。この作品は、細部に至るまで楽譜が出来ていたので、最初は踊るつもりはありませんでした。しかし、どこかで踊れるチャンスはないか?作品の良さを引き立てることは出来ないか?と思いながら、練習につきあっていました。前日リハの最後に、あの場面で踊ることをひらめき、やってみました。翌朝、ラハルジョさんと会って、話をすると、彼も賛成してくれました。また、再演の際には、さらに膨らまして欲しい、と言ってくれたので、考えてみたいと思っています。この作品は、5月27日の地震の1周年に、神戸のCAP HOUSEで「マンディ サマサマ」というイベントの中で、再演する予定です。
なかなか盛りだくさんのコンサートでありました。
来て下さった方々ありがとうございました。また、何人かの方々が感想を書いて下さいました。どうも、ありがとうございました。今後の糧として、ますますいい舞台を作っていきたいと思います。
おかげさまで、ホールは満員になりました。スタッフの方が楽屋の椅子まで持っていくほどの盛況でした。最後の演目、ラハルジョさん作曲の「GEMPA 地震」の終演後は、拍手が長く続き、3度のカーテンコールをしました。感激でした。
そのラハルジョさんは、3月16日に来日して以来、我が家ウロコ庵に滞在しました。我が家のブナもとてもかわいがってもらいました。普段は、あまりインドネシア語を話さないのですが、ラハルジョさんと遊んでもらいたい一心で、随分インドネシア語が上達しました。今週、木曜日キャセイ・パシフィックに乗って、香港経由で帰国しました。直前に、ガルーダの事故があったからです。結局は、ジャカルタからは問題の路線に乗るわけですが・・・
さて、コンサートですが、前半は古典曲2曲。後半、鈴木さん、三輪さん、ラハルジョさんの3作品。トータルで3時間に及ぶ長いコンサートでした。小暮さんのブログによると、終演は18時2分前だったそうです。前半、楽屋のいたのですが、前日のリハを聞いていると、1曲目のグンディン・ボナンの終盤でいよいよ音量が増してくると、やがてサロンとボナンの音が大きな渦巻きとなり、フェニックスホールの高い天井へと舞い上がっていくのが見えました。
実はこの曲で、僕は踊りたかったのですが、今回はじっくりガムランを聴いてもらおうと思ったり、いろいろ考えることがあり、踊りませんでした。しかし、いずれは、本来は舞踊曲ではないけれど、精神と身体が飛んでいって踊りそうになるこのタイプのガムラン曲でも踊りたいと思っています。
鈴木曲では、頭を剃って、懐かしい白のトレパンの上下姿でイウィンさんと一緒に踊りました。このトレパンは、阪急池田に駅前商店街にある由緒正しい「キタダ洋品店」で見つけました。なんだかジャワの百貨店を彷彿とさせる佇まいの店です。
この作品では、古代の儀式のように、ある特殊な能力を持った人が普通の人が感知できない微妙な信号をキャッチして、それを動きに変える。そして、それを美やダイナミックな動きとしてダンスに表し、人々を見入らせる(魅入らせる)。と、なかなかこんな風には行きませんが、そんなイメージを持って踊りました。
三輪作品では、僕は踊らず、HさんとOさんが踊りました。この二人と共に、三輪さんの作品からアイデアをもらい、ダンスを作っていきました。今回の三輪さんの作品は、2進法の演算が元になっています。ある法則だけがあり、それに則った運動が自己生成をくり返し、音楽を作り出していくという考えは、僕がジャワ舞踊に抱いているダンスの感覚とものすごく近いのです。
重力、遠心力を感じながら、
骨や筋肉の付き方を感じて、
音やその場の空気を信号として受け止めて、(但し記号的にではないブレーキの音、ポリタンクを叩く音、という風に聞くのではなく、音の揺らぎ、ニュアンスを聞き取り、そこに運動や方向性を感じる。)
他の人や物や場に気持ちやリズムを同調させて、
踊る。
こういったことを手がかりに、身体表現のワークショップをくり返して、作品を作っていきました。今回、試みのすべてを達成させることはできませんでしたが、三輪さんとの試みは今回がスタートで、これから始まるプロジェクトなのです。その第1段階として、今回のコンサートがありました。次は、9月の碧水ホールで続編を公演します。
ラハルジョ作品。地震になって踊りました。Oさんからは、「桃太郎」に引き続き「不穏なダンス」が素晴らしいというコメントをいただきました。この作品は、細部に至るまで楽譜が出来ていたので、最初は踊るつもりはありませんでした。しかし、どこかで踊れるチャンスはないか?作品の良さを引き立てることは出来ないか?と思いながら、練習につきあっていました。前日リハの最後に、あの場面で踊ることをひらめき、やってみました。翌朝、ラハルジョさんと会って、話をすると、彼も賛成してくれました。また、再演の際には、さらに膨らまして欲しい、と言ってくれたので、考えてみたいと思っています。この作品は、5月27日の地震の1周年に、神戸のCAP HOUSEで「マンディ サマサマ」というイベントの中で、再演する予定です。
なかなか盛りだくさんのコンサートでありました。
ひとつ終わってもうひとつ (2007/03/23)
先週の土曜17日、神戸のジーベックホールでコンサートを行いました。共演者はダルマブダヤと舞踏の由良部正美さん。
まず、11:00〜13:00までがジャワ舞踊のワークショップでした。9名の方が参加して下さいました。いろんな背景の方々、コンテポラリーダンスファン、ギタリスト、ヨガの方、染織織物の方、武道家、バリ舞踊の方などバラエティに富んでいました。まずは、皆さんのストレッチ法を聞きました。いろいろありましたが、結構似ていました。体を使うことは、基本的に似ているんでしょうね。ギタリストの方に教えてもらった指ストレッチも良さそうです。
ワークショップでは、なるべく参加者の皆さんの話や意見も聞きながら進めたいと心掛けています。まずは仲良くならないと始まりません。
この後の公演が舞踏家との共演なので、ジャワ舞踊だけでなく、僕が大切だと思っている動きや心の持ちかたをいろいろやってみました。特に、手と腕の動きをいろいろやってみました。
右手と左手を胸の前で合わせる。左右の手が交互に上に来るように回転させる。人差し指が左右180度向きが反対になるように回転させる。
同じ動きを左右の手を少し2,3センチ離して、やってみる。できそうでなかなか難しい。反対側の手があることのよって、当たり前だが、動きが制御されて、スムーズに動くということがわかります。
同じ動きをしながら、左右のバランスを意識する。例えば、右をプラス、左をマイナスだとすると、
右に寄った時は、大きくプラス
左に寄った時は、大きくプラス
左右がそろって真ん中に来た時は、プラスマイナスゼロ
ゼロになった時をよーく意識する。この瞬間のみ無理なく、次の動きに以降できやすい。
他にもいくつかやってみました。僕がジャワ舞踊をやって来ているの中で発見した動きや考えです。
参加者の方も楽しんでくれた?ようでした・・・よね??
その後、16:30〜が公演でした。この組み合わせで行うのは3年ぶりです。2004年3月20,21日にダンスボックスで公演をしました。ブナが生まれて2日後だったので、記憶に残る公演になっています。子供が生まれただけでなく、僕にとっては、それまでにも創作ダンスや桃太郎もやっていましたが、ジャワ舞踊以外の動きを開発して、人前で公演する始めての機会だったので、大変な公演でした。
その冬はイウィンさんが妊娠していました。僕は寒い風の吹く中を取り敢えず、外へ出かけて、山を走ったり、坂を滑ったり、田んぼを転げ回ったりしました。もがきながらダンスを探しました。
また、この会場であるジーベックホールも記憶の詰まった会場です。1989年の開館当初から、当時はメンバーとして加わっていたダルマブダヤで良く訪れました。20年近く前です。20歳頃の自分を思い出しました。
公演は大きなミスはなく終了しましたが、自分にとってはいくつかの課題も見つかりました。次につなげて行かねばなりません。公演後、会場でパーティもあり、何人かの方とお話もできました。しかし、あまり余韻に浸るまもなく、豊能に戻りました。次の日曜に迫っているマルガサリの練習があったのです。
前にも書きましたが、25日日曜日にフェニックスホールでマルガサリの公演があります。本番に向けて、ジャワから作曲家のラハルジョさんも来日し、寒い我が家に泊まっています。本番まで、後2日です。
まず、11:00〜13:00までがジャワ舞踊のワークショップでした。9名の方が参加して下さいました。いろんな背景の方々、コンテポラリーダンスファン、ギタリスト、ヨガの方、染織織物の方、武道家、バリ舞踊の方などバラエティに富んでいました。まずは、皆さんのストレッチ法を聞きました。いろいろありましたが、結構似ていました。体を使うことは、基本的に似ているんでしょうね。ギタリストの方に教えてもらった指ストレッチも良さそうです。
ワークショップでは、なるべく参加者の皆さんの話や意見も聞きながら進めたいと心掛けています。まずは仲良くならないと始まりません。
この後の公演が舞踏家との共演なので、ジャワ舞踊だけでなく、僕が大切だと思っている動きや心の持ちかたをいろいろやってみました。特に、手と腕の動きをいろいろやってみました。
右手と左手を胸の前で合わせる。左右の手が交互に上に来るように回転させる。人差し指が左右180度向きが反対になるように回転させる。
同じ動きを左右の手を少し2,3センチ離して、やってみる。できそうでなかなか難しい。反対側の手があることのよって、当たり前だが、動きが制御されて、スムーズに動くということがわかります。
同じ動きをしながら、左右のバランスを意識する。例えば、右をプラス、左をマイナスだとすると、
右に寄った時は、大きくプラス
左に寄った時は、大きくプラス
左右がそろって真ん中に来た時は、プラスマイナスゼロ
ゼロになった時をよーく意識する。この瞬間のみ無理なく、次の動きに以降できやすい。
他にもいくつかやってみました。僕がジャワ舞踊をやって来ているの中で発見した動きや考えです。
参加者の方も楽しんでくれた?ようでした・・・よね??
その後、16:30〜が公演でした。この組み合わせで行うのは3年ぶりです。2004年3月20,21日にダンスボックスで公演をしました。ブナが生まれて2日後だったので、記憶に残る公演になっています。子供が生まれただけでなく、僕にとっては、それまでにも創作ダンスや桃太郎もやっていましたが、ジャワ舞踊以外の動きを開発して、人前で公演する始めての機会だったので、大変な公演でした。
その冬はイウィンさんが妊娠していました。僕は寒い風の吹く中を取り敢えず、外へ出かけて、山を走ったり、坂を滑ったり、田んぼを転げ回ったりしました。もがきながらダンスを探しました。
また、この会場であるジーベックホールも記憶の詰まった会場です。1989年の開館当初から、当時はメンバーとして加わっていたダルマブダヤで良く訪れました。20年近く前です。20歳頃の自分を思い出しました。
公演は大きなミスはなく終了しましたが、自分にとってはいくつかの課題も見つかりました。次につなげて行かねばなりません。公演後、会場でパーティもあり、何人かの方とお話もできました。しかし、あまり余韻に浸るまもなく、豊能に戻りました。次の日曜に迫っているマルガサリの練習があったのです。
前にも書きましたが、25日日曜日にフェニックスホールでマルガサリの公演があります。本番に向けて、ジャワから作曲家のラハルジョさんも来日し、寒い我が家に泊まっています。本番まで、後2日です。
登録:
投稿 (Atom)