2013年7月12日金曜日

4つの話 先生の家へ遊びに行く、の巻 (16/04/2010)


4月12日 
野村誠さんと藪公美子さんを迎えにJR亀岡駅へ。前日に、京都の下鴨神社で結婚式をしたそうだ。やぶちゃんは、結婚してもやぶちゃんでいくらしい。車で我が家まで20分。ソト・アヤム(ジャワ風鶏肉の酸っぱいスープ)を食べて,我が家からすぐのスペース天であるマルガサリの練習へ。ガムランの伝統音楽をしたり、即興パフォーマンスをしたり。天のまわりには,オーナーの黒田さんが植えた300本あまりの桜があって満開だったが,残念ながら雨模様。 

やぶちゃんは夏からジャワへガムラン留学することになっている。去年までは,イギリスのヨーク大学に留学して,コミュニティ音楽で修士を取ったばかり。ヨーク大学でガムランに出会ったのだ。イギリスはジャワのガムランが盛んなのだ。僕と野村さんも,エジンバラ大学でジャワガムランを使った創作のための講義をやった。野村さんとやぶちゃんは、その時に出会ったのだ。イギリスからジャワへ行くと、かなりのカルチャーショックだろう、ということで、ジャワのエピソードをいくつか紹介することにした。 

先生の家へ遊びに行く、の巻 

僕は舞踊やガムランの先生の家へ遊びにいくとき,アポは取らない。いきなり行くのだ。その方が,いさぎよい気がする。無駄足を踏む覚悟。そもそも僕が留学当時,ジャワにも日本にも携帯電話はまだなかったし、ジャワの多くの家には、固定電話もなかった。何人かの先生の家には、電話があったが,それでもたいがいはアポなしで行った。ただ、先生の邪魔にならないように,先生や家族の行動やスケジュールを予測して,曜日や時間の狙いを定めた。月曜日の夜8時頃だったら間違いない、とか。空振りすることもあったが,出直せばいい。ジョグジャは狭いんだし・・・。で、だいたいは外れなかった。ジャワの普通の人たちもこんな感覚だったんじゃないだろうか。先生の家に着くと,子どもやお手伝いさんが出迎えてくれ,入り口近くの応接間や椅子で待つことになる。甘いお茶やお菓子,時には揚げ物や果物が出てくる。でも、それには手を付けない。3回くらいはすすめられないとね・・・,なんだか日本人みたい。 

たとえば、こんなことが何度かあった。男性舞踊の名手のP先生を訪ねると、まずは奥さんが出てきた。お茶をだしてくれて,応接間で待つことに。家族の写真などを眺める。しかし、P先生がなかなか出てこない。中にいるのは、気配で分かるんだけど・・・。途中でバシャーン,バシャーンと水音が聞こえたりもする。2、30分すると,ようやく濡れた髪にくしを当て,ぱりっとしたYシャツに着替えた先生が登場するのだ。よくやってきたと言って,握手をする。いい香りが漂ってくる。 

何年か経って,P先生とかなり仲良くなってきたあるとき、こんな話をしてくれた。あのね、僕はほんとは丘の上の大きな家に住みたいんだよ。で、家の前のベンチに腰をかけて,ゆっくりとくつろいでいると,マス・シン(マスはジャワの敬称)がバイクに乗ってくるのが,遠くから見えるんだよ。そうすると、僕はマンディ(水浴び)をする。ゆっくり着替えていると,マス・シンがちょうどやってくるんだ。小さくても一国一城の主が客人を迎える、そんなのが理想なんだよ,と小さな家の小さな応接間で語ってくれた。P先生の舞踊には、なんともいえない風格が漂っている。いつもこころの中に、ワヤン(影絵芝居)に出てくるヒーローが住んでいるのだ。 

女性舞踊の大御所のT先生を訪ねる時はこんな感じ。お宅は、貴族の屋敷の敷地内にある。熱帯の陽が少し傾くと、子どもたちは鳩を空に放つ,尾っぽの笛がブーンブーンと青空に旋回し始める。僕は,約束していたレッスンの時間に、先生の家を訪れる。こんな場合は、もちろんアポあり。お手伝いの女の子に、僕が来ていることだけを伝言して,練習をする貴族の屋敷の一部であるプンドポ(ジャワの東屋)へ行く。待てど暮らせど、先生は来ない。1時間くらいはざらである。でも、この時間がなんともいいのだ。プンドポの天井の中心部には、繊細な彫刻が施されていて、1900という数字も読み取れる。100年間,何千人もの舞踊家が汗を流した舞台なのだ。その端っこに腰を下ろして本を読んでもいいし,ストレッチをしてもいいし,ただただボーっとするのもいい。たゆたう風を感じ,床や柱の感触を感じ,過去の舞踊に思いを馳せる時間。ジャワ舞踊には,1演目が2時間を越えるものもある。そんな舞踊を踊るには、それなりの時間感覚をからだに染み込ませる必要があるだろう。そんなことを知ってか知らずか,T先生は、サンプル(踊り用のスカーフ)を片手に,なにくわぬ顔でゆったりと登場するのだ。僕の経験上,ジャワの先生たちは直感的に,必要なことが分かっているのだ。マス・シンには、こんな時間が必要なのだと。 

つづく。

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