先週の土曜日、スペース天に鈴木昭男さんがやって来た。
3月25日に、マルガサリのコンサートが大阪のフェニックスホールである。その練習にやってきたのだ。ジャワの伝統曲2曲と3作の新作が初演される。3作品はそれぞれの作曲家にマルガサリが委嘱したものだ。
鈴木昭男 戯山巫 ケザフォ
三輪真弘 愛の讃歌
ラハルジョ Gempa 地震
三者三様のユニークな作品でとても面白い。これらの作品がどう繋がっているのか、いないのか。僕自身は、大いに繋がっていると踏んでいる。これらの作品が作曲されるに際して、3人の作曲家といろいろな話をした。それぞれの作曲家が背景とする音楽は、全く異なっている。
鈴木さんは、60年代、前衛音楽が華やかな頃に登場し、その後、丹後の田舎へ移住し、「その前に座って耳を澄ます」ために、何年もかけて日干しレンガを作り、巨大な壁を子午線上に建設した。20年近く前の秋分の日、彼は日が昇ってから沈むまで、壁にもたれて座った。
三輪さんは、ロックバンドからコンピュータ音楽へと渡り歩いた。その後、架空の宗教のための宗教音楽を作ったり、架空の民族を考え、その民族音楽を作ったりした。また、簡単なルール(演算)を元にゲームを行い、そこから音楽を作り出すこともしている。生物の進化の過程を辿るような音楽。
ラハルジョさんは、ジョグジャカルタの音楽家の家系に生まれ、幼少の頃から伝統音楽の英才教育を受けた。弟が二人いて、ジョグジャでは有名な三兄弟である。アメリカへ留学し、いろんな体験をしたのだろう。帰国してからは、自分の新作をたくさん発表している。今回のテーマは、地震という極限状態で生み出された音楽。
不思議と3人の作曲家共、パフォーマンスを伴った作品を作った。というか、その部分が僕の出番である。
鈴木さんの「ケザフォ」の楽譜は、観客には示されないがエッセイで始まっている。鈴木さんが体験した音のまつわるエッセイ。客席を巻き込んだ儀礼のような、祭りのような音楽である。鈴木さんとともに体験した、バリ島のバトゥカル寺院での出来事が思い出される。1995年の暮れ、中川真さんたちと一緒に山の頂上近くの村で1週間を過ごした。舞踊家の和田淳子がトランスしたり、おじいさんに案内されてすばらしい景色を見たり、ワヤンの最中に森の中で不思議な音を聞いたり、ワヤンからの帰りの山道で巨大の流れ星を無数に見たり、という印象深い光景を思い出す。
鈴木さんによると、「古代の人たちが持っていた力を呼び起こす」ような作品にしたいという。
僕とイウィンさんが登場する場面も、その力が試される仕掛けが施されている。
この作品の冒頭で鈴木さんは土笛を吹く。この土笛は、弥生時代の遺跡から出土したものを再現して、彼が野焼きして作ったものだ。中国地方から丹後までの各地で出土しているという。しかし、弥生時代のものなので、奏法が分からない。鈴木さんは、その土笛をああでもない、こうでもない、とさわりながら、また吹き口や孔の形を確かめながら、奏法を考え出した。やがて、これまでに考えられていた奏法とは全く異なる奏法を発見したのだ。その奏法はなるほど理にかなっており、何とも言えない味わい深い音がする。古代では、シャーマンが祭儀のために使っていたと考えられているそうだ。
鈴木さんは我が家へ泊まり、ブナと一緒に寝てくれた。翌日は、家の前に出る朝市で買った野菜を朝食に採り、新大阪から北タンゴエクスプローラーで帰っていった。次は、2月の末にやってくる。
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